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朝食(2)

 卓の上に並んだ朝食は、きっと地上の宿のそれと大差ない。地下の奥底で温かな食事にありつけることにリシアは感謝した。


 夜干舎の組合員が来るのを今か今かと待つ。湯気を吸い込むと、確かに甲殻類の良い香りが充満した。


「ほんとに蟹だ」

「いい匂いだね」


 アキラも椀を覗き込む。真新しい椀のそばには箸も添えてある。リシアも使い方はよくわからない、東方の食器だ。


「いやあ、待たせた」


 パンと金属の椀を手に、ケインが駆け寄ってくる。


「あちち」


 そう呟きながら卓に置く。確かに金属の椀だと相当熱されるだろう。


「銀ですか」

「まさか、合金だよ。ドラヴィダでは一般的なんだ。木や陶器は使い捨てるものって考えが根強くてね」

「使い捨て!」

「勿論、勝手に店の食器を捨てたりはしないけどね」


 さらに金属の匙を添える。


 改めて気を向けると、身につけた装飾品も研磨した石が主体ではなく金属の彫刻が目立つ。身の回りのものに現れた文化の違いに、リシアはついまじまじとケインの手元を見つめる。


「屋台なんかでも、素焼きの杯で飲料を提供して、飲み干したらその場で割り捨てたりするんだ」

「へえ……」

「エラキスに来た時は、このあたりでも同じようなことをしていると思ってたんだ。陶器が有名だろう?」

「確かに陶業は盛んですけど、土質が違うので使い捨てには向いてないかもしれないですね」


 エラキスで生産されているのはもっぱら陶磁器だ。ジオード王室御用達の窯元も抱えるこの地では、緻密な土と石が採れる。その性質と技術を活かして、貨幣まで作られているのだ。


「高温で焼いてこそ活きると言いますか」

「なるほど。高級路線なのか」

「そういう……ことになるんですかね」


 首を傾げていると、ハロやライサンダーも卓に集まってきた。こちらは二人とも、木の食器を手にしている。


「あれ、まだ食べてないの」

「待ってたんだよ。あと、食器の話とかをしてた」

「ふうん」


 生返事とともにハロが腰を下ろす。祈りを捧げるような素振りも見せず、パンの端をむしった。


「我々も食べよう」

「はい」


 そうして、各々食事を始める。アキラは異国の短い句を告げて匙を取り、リシアは手を組み目を伏せる。食前の祈りに最も時間を割いているのはライサンダーだった。ハロがパンを一つ食べ終わった頃に食事を始める。


「ライサンダーさんは、敬虔ですね」


 ぽつりと、隣に座る同輩が呟いた。匙で汁を掬う手を止め、フェアリーは女生徒に複眼を向ける。


「別段信心深いわけではありません」


 帰ってきた言葉に冷や冷やとする。信仰の話をこの場で出していいものか、リシアは不安になった。


「よく言うね、修道院いたんでしょ?」


 端からハロが口を挟む。そういえば、以前もそんな話を聞いた記憶がある。


「下働きでいたのであって、僧侶ではありません」

「ふーん、見習いのまま飛び出してきたのかと」


 失礼なことを言うと思いつつも、現にこうして冒険者をしているのだから、退っ引きならない事情があるのだろう。


 その辺りにも首を突っ込みそうで、リシアは警戒する。


「修道僧というのは身の回りのことも全て自分でやっていると思っていたけど、そうではないのか」

「良家の出身だと使用人も連れてくることがありますが……多くの修道僧は、ごく普通に共同生活を送っていますよ」

「おや、じゃあどんな仕事を」

「蔵書の整理や写本ですね」


 腑に落ちた。


「だから、異国の言葉にも詳しいんですね」


 リシアの考えと同じことをアキラが告げた。


「翻訳も必要でしたから」


 ライサンダーは汁を掬った匙を大顎に運ぶ。前職の経験が大いに活かされているわけだ。


「その合間に菜園の手入れなどもやりました」

「自給自足なんだ」


 菜園という言葉を聞いて、俄然興味が湧く。


「どんなお野菜を育てていたんですか」

「ツルマメにカンラン、チシャ、アザミ、芋の類……ジオードやエラキスでも見ることができる野菜ばかりですね。栽培している野菜は国や種族が異なっても、そう変わりはないのでしょう」


 確かにライサンダーが挙げたものは、いずれもドレイクも食することが出来る野菜だ。このあたりはケイン達も浮蓮亭で食べているのを見たことがあるから、ネギのように種族によっては毒性を示すというわけではないのだろう。


 修道院があるという点からも、意外に似通った文化なのかもしれない。遠い異国、異種族の生活にリシアは思いを馳せる。


「冷めてしまいますよ」


 二口目を掬う前に、甲殻に覆われた手が椀を指し示すように動く。つられて椀に触れると確かに温もりが若干無くなっていた。この料理になるまでに、リシアも多少は関わっているのだ。折角の食事を冷めきってしまってから食べるのは勿体無い。


 とろみのついた汁をかき混ぜ、一口。


 確かに、蟹の味がする。


「……地下で海産物食べてるって、不思議」

「海産物ではないでしょ」


 ハロの言葉に苦笑いを返しつつ、リシアは匙を動かす。


 記憶の中にある蟹と比べると大味かもしれない。それでも、達成感という香辛料が格別の風味を加えていた。

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