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朝食(1)

 解散場所へと向かう途中、リシア達が泊まった宿よりは幾分か高級な造りの建物の前に差し掛かる。開け放された入り口から、軽装の学徒が数人外へ出た。その中に見知った顔を見つけ、声をかける。


「アガタさん」


 ほぼ同時に、アガタも一行に目を向けた。調査中、それも迷宮内だがしっかりと化粧をしているのだろう。疲れの色は見えない。荷物は少なく見えたが、あの中に化粧品も納まっていたのだろうか。そんなことを考えながらリシアは軽く会釈をする。


 隣の学徒に短く声をかけて、アガタはこちらに駆け寄ってくる。


「おはよう!」

「おはようございます」

「これから朝ごはん?ふふ、ご一緒させてもらおうかしら……と言いたいところだけど」


 顔の前で手を合わせ、申し訳なさげに眉尻を下げる。


「朝食がてらの打ち合わせがあるの」

「あなた方も、冒険者以上に忙しいな」

「もー大変。食事の味もわからないぐらい酷い雰囲気になりそうだし……だから、また後でね」

「はい」

「またね」


 僅かなやり取りの後、アガタはひらひらと手を振り学徒一行のもとへと戻る。どこか別の集会所で朝食を取るのか、路地を曲がって姿は見えなくなった。


「内部の話か。どのように決めているかは気になるが」

「碩学院はテキトーな指示は出さないし、いいじゃん別に。どうせ僕らにはよくわかんないお話しだろうし」

「蟹は食べられるんでしょうか、彼は……」


 曲がり角で後ろ姿を暫し見送り、目的地へと急ぐ。


 そこかしこから、食欲を刺激する香りが漂ってきた。


「そういえば、ここら辺の宿泊所って食事も出してくれるのかな」

「簡単な食事は出してくれるぞ。汁とパンとか」

「食堂もいくつかあるから、そこに頼った方がマシかな」

「食材自体は地上から運んでくるので、割高になりますけどね」


 リシアの疑問に、夜干舎の各々が答えてくれた。弁当付きの依頼のありがたさが身に染みる。


「現地調達じゃないんですね」


 ぽつりとアキラが溢す。確かに、と頷きかけて、現地調達できる食材の面々を思い返した。


「野菜……が取れないかも」

「そうだね」


 野菜以外も難ありだが、一先ずアキラは納得した。


 ほどなく、尾花堂の荷車と人集りが見えてきた。傍らには焜炉と湯気ののぼる寸胴鍋が三組。尾花堂の組合員が匙を取り、鍋の中身を掬い上げた。鍋はそれぞれ違う料理が入っているだろうか、組合員が鍋を渡り歩き匙でかき回すたびに、違う色の汁が滴り落ちる。


「なんの汁物だ?」

「オカガニが手に入ってね。まあ、全員に身が行き渡るとは思わないが、旨みは十分さね」


 そんな会話が聞こえてきた。手に持っていた木の椀にとろみのついた汁を流し入れる。


「ほら。パンも忘れるんじゃないよ?」

「ありがとう」


 周りにいた冒険者が椀を取り、そのまま縁に口を付ける。


「あちち」


 身体が温まりそうだ。一人、また一人と組合員に椀を差し出す。


「はいはい、並んでね……おっと、やっと来たねあんた達」


 大匙を片手に組合員がこちらを手招く。アキラと目を合わせ、荷を下ろす。


 買ったばかりの食器を使う時が来た。


 木椀と匙を手に、出来つつあった列に並ぶ。


「蟹料理があるってよ」


 前に並んだ男達が呟く。


「迷宮の蟹ねえ、どんな味がするんだか」

「実家でサワガニはよく食ったが、似たようなもんじゃないか」


 会話を小耳に挟み、素知らぬ顔をする。やはりというか、迷宮の蟹に馴染みがある者は多いわけではないようだ。


「はい、おはよう。あんたはこっちの粥か、汁物もいけそうだね」


 女将の声が近づいてくる。サワガニの話をしていた男は少し悩むようなそぶりを見せ、椀を差し出した。


「その、蟹の汁をくれ」

「はいよ」


 湯気が上り、前の冒険者達が横にはける。鍋をかき混ぜ、尾花堂の女主人は満面の笑みを浮かべた。


「待ってたよ。もちろん食べるだろう?」

「はい」


 椀を取り、汁物を注ぐ。白濁した汁に干し野菜と白いほぐし身が浮かんでいた。


「碩学院の先生方によると、毒を持つ心配は無い種類らしい。ま、毒味は済ませてるけどね」


 苦笑いを浮かべつつ、椀をありがたく受け取る。


「あつつ……ありがとうございます」

「パンは籠から好きなだけ取る。足りなかったら粥もある。たらふく食べな」


 女主人の声を受けて、パンが山盛り詰まれた籠から一つ手に取る。


 やっぱりもう一つ。


「何個までかな」


 不穏なことを言い出すアキラは、それでも控えめに三つパンを抱えた。


「セリアンスロープも食べられるかい?」

「もちろん。ウイキョウやカブラミツバは入っているがね」

「おいしそうだ」


 後に続いていた夜干舎の面々も、汁を貰い受ける。先に席を探しておこうと、リシアは辺りを見回した。


 尾花堂が用意したのか、折りたたむことができる机や長椅子の他に、年季の入った卓が等間隔に並んでいる。道中で見覚えのある造りだ。


 倉庫だと思っていたが、元々は食堂だったのではないか。


 そんなことを考えている間に、近くの席が次々と埋まっていく。慌ててリシアとアキラは古い卓に椀を置いた。

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