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報告(1)

西の空が微かに橙色に染まった頃、二人は「異国通り」に辿り着いた。いつも通りの様相だ。其処彼処から響く聞きなれない響きの謳い文句に耳を傾けながら、浮蓮亭のある路地を覗く。


普段は人通りが少ない裏路地だが、今日は珍しい光景が広がっていた。


「よし、次は君の番だ。いっせーのーせで跳ぶんだよ」

「うん」

「がんばってー」


赤い外鰓をそよがせながら飛んだり跳ねたりするドレイクの子供達と、その中で異様な存在感を放つセリアンスロープの呪術師。集団はレンガ敷きの通路の両端にある水捌けを良くするための溝に爪先立ちになって、二手に分かれていた。


「あそこの、レンガが取れてるところは十秒間だけ立てるからな」

「わかった」


呪術師の指示に、一人の少女が頷く。両腕を大きく振り跳躍して、見事レンガの取れた跡に着地する。再び跳びはねて、少女は呪術師のいる溝に移り渡った。


「あ、あの子」


何処かで見覚えのある少女の横顔を暫し眺め、リシアは思い出す。依頼を受けた日に裏路地ですれ違った少女だ。


「おっ」


セリアンスロープの少し細くなった瞳孔が、二人の姿を捉える。途端、慌てたように手招きをした。


「女学生!そこは危ないぞ、早くこっちへ」

「え?な、なに?」

「はやくはやく!」


リシアは狼狽し、呪術師の手招きに誘われるように溝に入る。続いてアキラも溝で爪先立ちになる。


壁に張り付くように溝を歩き、呪術師に近寄る。


「危ないって、何が?」


周りを見回しながらリシアは聞く。特に周囲に異変は無い。呪術師は至極真面目な顔で、


「レンガ敷きのところは、底なし沼なんだ」

「……は」


予想外の言葉に、リシアは間の抜けた返事をする。


呪術師の傍に立っていた少年が、巻衣の裾を引っ張った。


「耳のおねーちゃん、新聞紙は安全?」

「んー、あそこは……あそこも十秒間は大丈夫だ」

「わかった!」


そう言って、少年は道の真ん中に貼り付いている破れた新聞紙を踏み付け、対岸に渡った。その様子を見て、呪術師は歓声をあげる。


鰓も取れてない子供と何をしているんだか。


リシアは呆れる。


「ところで女学生、キノコは集まったみたいだね」


呪術師は背中の籠を覗き込む。満足気に頷き、右手で浮蓮亭の扉を指し示した。


「昨日の時点ではどうなるかと思ったが」

「あなたが火事のあった小通路を教えてくれたから集められたんです。本当に……助かりました。」

「私はほんの少し助言をしたまでさ。キノコが集まったのは君達がめげずに頑張ったからだよ」


セリアンスロープの口角が、にいっと釣り上がる。


「諦めない者の前に道は開ける。報告をするんだろう?」


ええ、と頷いてリシアは浮蓮亭の方を向く。


足がすくんだ。


リシアの目の前に、濁った水を湛えた沼が現れていた。その水面にぽつぽつと飛び石が浮かんでいる。飛び石は沼の対岸でひっそりと佇む木の扉まで続いている。


「リシア?」


傍らでアキラが怪訝そうに名を呼んだ。途端沼の幻想は跡形もなく消え去り、いつも通りの裏路地が現れた。しばしリシアは呆然とする。


「何、今の」

「レンガは底なし沼なんだよ」


いつの間にかリシアの側に立っていた少女が、得意気な顔でそう言う。


「お姉ちゃん達、依頼を受けてくれた冒険者さんなの?」

「あ……そ、そうだよ」


やはり、この子が依頼主だったのか。


依頼書の通りなら彼女がジプサムなる家の子供なのだろう。リシアは少し屈み、目線を合わせる。


「あ、あのね。おかーさんから、お店の人と冒険者さんに渡すようにって、お金あずかってるの」


少女は懐から、くしゃくしゃの紙幣を取り出す。おそらく報酬の青紙幣なのだろう。


「はいあげる」

「ちょ、ちょっと待ってね。まず店主に報告しなきゃ。君も一緒に行こう」

「うん」


少女が紙幣を懐に仕舞うのを見届け、リシアは浮蓮亭の扉に向かう。先程の幻覚を思い出し一瞬身構えて、レンガの道に足を踏み入れる。


当然の事ながらリシアが沈む事はなく、レンガはレンガのままだった。


「店主、入るね」


一声かけて扉を開く。浮蓮亭に入るリシアの後を、アキラは律儀にレンガの抜けた穴を踏みながら追いかける。さらにその後を、少女が子供らしく両足を揃えて跳ねながら付いてくる。


「ついた!」


三ヶ所ほどレンガ跡を経由して、やっと少女は浮蓮亭に辿り着いた。


アキラが扉を閉めると、以前と同じく死角になる席に着いていたハルピュイアが姿を現した。


「耳のおねーちゃん、ねえ」


嘲るようにハルピュイアは呟く。恐らく外で子供達と遊んでいる組合の顔役に対する発言だろう。


気怠そうな目がちらりと二人を一瞥する。


「あ、キノコ集まったの。良かったね」


絶対にそんな事は思っていないだろう。そう確信できる声音と態度だった。ふいと顔を背けるハルピュイアを、簾の向こうから嗜める声が響いた。


「もうちょっと愛想よく言えないのか」

「なんでこの子達に愛想振りまく必要があるのさ」


そう言って、ハルピュイアは楕円形の皿に入った料理を匙で掬い、一口食べた。いつもの店主が出す料理に比べると、リシア達の文化圏にごく近い雰囲気の料理に見える。


「はいあげる」


険悪な雰囲気を漂わせるリシアとハルピュイアを他所に、少女は背伸びをしてカウンターに紙幣を置く。簾が巻き上がり、紙幣が引き込まれる。


「ありがとう。後で私から二人に渡しておこう」

「うん」


少女は頷き、リシアの制服の裾を引く。


「キノコちょうだい」

「あ……」


長いようで短かったが、この籠ともお別れである。リシアは背負った籠を下ろそうとして、少し考えて背負い直す。


「重いから、お家まで送るよ」

「ほんと? ありがと!」


少女はにかっと笑う。前歯が一つ抜けていた。


「アキラも行く?」


リシアの問いに当然とでも言う風に、アキラは頷いた。そのまま扉の方へ向かい、開けてくれた。


「店主、ちょっとこの子送ってくる」

「おう、いってらっしゃい」


店主に見送られ、三人は店を出る。


「えっと、日時計通りだっけ」

「うん。着いてきて!」


少女は二人の前に立ち、三歩ほど歩いて慌ててレンガ跡に足を踏み入れた。


「そうだ、底なし沼なんだ」


ひょいと次のレンガ跡に飛び移る少女。


日時計通りに着くまでに、文字通り日が暮れてしまいそうだった。

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