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取引と見学

 通りに面した硝子窓を覗く。剣帯がぶら下がる店内で、あくびを噛み殺している店番と目が合いそうになって慌てて離れる。


 ここでもない。


 他の二人も同様に近隣の店を見て回っている。屋台の前で足を止めているアキラに声をかけ、鍛冶屋の店主と言葉を交わしているライサンダーの元へと向かった。


「薬局は向かいの通りにあるとのことです」


 感謝の言葉を告げた後、ライサンダーは細い路地を示す。簡易な作りの店舗に挟まれた路地は、異国通り以上に怪しげな雰囲気を放っている。暫し立ち止まり、三者顔色を伺う。


「代わりに……」


 その言葉が終わらぬうちに、異議の表情に気づいたのかフェアリーは躊躇いがちに触角を動かす。


「あまり離れないようにお願いします」

「はい」


 貴重な機会だと、気を利かせてくれているのだろう。有り難く思いながら店舗の狭間へと進む。


 どこからとも知れない喧騒を耳にしながら歩く。露店のような間口をいくつか過ぎて、ようやく薬局らしき店先に辿り着いた。


「失礼します」


 大きく身を屈めてフェアリーは店内に入る。迷宮内のためか急拵えのためか、全体的に造りは小さい。もっとも、一緒にいるのが大柄な妖精だから手狭に見えているだけなのかもしれない。


 小さな灯りが一つ点る中、薬棚の前で帳簿をつけていたドレイクが振り返る。一瞬目を細め、ライサンダーの巨躯を見上げた。


「珍しいね」


 そう呟いて帳場に入る。こつこつと卓を叩いたのを見て、フェアリーは身を屈めた。


「先に良いですか?」

「はい」


 寧ろ、取引を見ることができるのは好都合だ。首を伸ばして伺う。


 素材の詰まった袋の口を緩め、卓に置く。存外丁寧な手つきでドレイクは素材を一つ一つ取り出した。


「胆に薬草ね」


 薬草を眺め、次々と名を当てていく。正式な種名ではなく薬としての名称だった。


「薄荷やら、こっちの方が前線では高くつくんだよ」

「何故でしょうか」

「みんな大物ばっかり狩るからね。草なんか気にかけないのさ」


 納得した後で、牽制だと気づく。既に駆け引きは始まっているのだ。


「と言っても、この品揃えじゃあねえ……赤紙幣三枚かな」

「相場の違いは差し置いても、胆嚢を含めた値段とは思えません」


 ライサンダーは指を二本立てる。


「せめて、青紙幣二枚でしょう」

「乾燥の手間もあるし、ここでは胆嚢なんて珍しくもないんだ」

「あそこにあるのは加工を鑑みての値段では」


 立てていた指が一本減り、薬棚を指し示す。地上よりは幾分か割高な値札が並んでいた。


「加味しても、今の買取額は安過ぎます」

「しつこい妖精だね」


 再び卓を叩く音が響く。


 ドレイクの視線がリシアとアキラに移った。


「……次の客もいる。早く済ませたいが」

「譲歩しています」

「……」


 暫しの膠着の後、先に折れたのは店主だった。


「青二枚は出せん」

「では、一枚でいかがでしょうか。私もこれ以下は」

「わかった、わかった」


 金庫からしわくちゃの青紙幣を一枚取り出し、乱雑に差し出す。紙幣を受け取ったフェアリーは頭を下げた。


「ありがとうございます」

「……次、あんたらだろ」


 素材を傍らに寄せ、店主は空いた手をひらひらと振る。売る物は一つしかない。皮袋から胃石を取り出し卓に置く。


「あの、買取をお願いします」

「これだけかい」

「はい」


 一つだけは、困るのだろうか。鋏は持ち込めなくても、ヤドリイチジクの葉くらいは毟って添えた方が良かったか。


 気難しそうなドレイクの表情を見つめながらリシアは冷や汗を流す。リシアの視線を気にすることもなく、ドレイクは胃石を手に取り眺めた。


「もう一個は」

「他の冒険者の手に渡りました」

「揃っていたら、青は出したが」


 それが相場なのだろうか。なんとはなしに頷いて続く店主の言葉を待つ。


「……なんだい」


 予想とは裏腹に、妙な沈黙が訪れる。耐えかねたようなドレイクの言葉にリシアは目を丸くする。


「え、その……結局いくらかなと」


 再び沈黙。


 胃石を手にした店主を見つめていると、片手が彷徨うように金庫へ向かった。


「嬢ちゃん、これは青紙幣一枚で買い取ってやる」

「えっ、でもさっき揃っていたら青って」

「ここではそれが相場だ。他の素材は、そこの妖精にでも聞いて勉強しなさい」


 納得いかないまま青紙幣を握らされる。ともかく取引は終わった。感謝の言葉を告げる間に、店主は素材を片付け始めた。


 その対応に、先程のブレッチャーとのやり取りを思い出してリシアは赤面する。幸いにして彼もブレッチャーと同じく、世間知らずの学生から金を不必要に巻き上げるような人間ではなかった。


「ありがとうございます」


 最後にもう一度頭を下げて振り向く。珍しく、心配げな表情のアキラと目が合った。


「取引、終わりました」


 そう告げると、アキラと共に佇んでいたライサンダーは小さく頷いた。最後にもう一度礼を告げて、店を出る。


 多分、側から見て色々と難のある取引だったのだろう。通りに出てから詳しく聞こうと思いながら、リシアは青紙幣を懐にしまった。

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