険悪な休憩
二回目の休憩時にマイロは隊列に復帰した。細かな傷はあるものの苦笑いを浮かべながら肩を回す。
「いやあ、すいません」
「調子はどうだ?」
「なんとも無いっす。皆さんも迷惑かけました」
深々と頭を下げるマイロに気にしないよう当たり障りのない言葉をかける。「なんとも無い」という本人の申告に偽りはないのだろう。水筒をあおる動きに不自然なところはない。
水を飲んで気持ちを切り替えたのか、マイロは女学生に近付く。
「蟹はどうなったんすか?」
情報共有か。出来る限り簡潔にリシアは説明する。
「あの後仕留めて、それぞれの組合で分けました。お肉は尾花堂が買い取ってくれました」
「尾花堂が?あれ食えるんすね」
関心したように呟いて、マイロはブレッチャーのもとに戻る。蟹と言えば海か川のものしか知らないリシアにとっても、今回の甲殻類は未知の食材だ。
毒性とか、無いのだろうか。
不安になりつつ、植物が専門だと言っていた学士の姿を探す。中央部で固まっている中にホルンフェルスは見つからなかった。元博物学専攻と言っても今は畑違いなのだから難しい質問か。
流石に毒性があるとわかっているものを買取はしないだろう。無理やり気持ちを落ち着ける。
目的地までの旅程も後僅かだ。経過した時間を確認し、手帳に書き留める。鑑みるに、蟹との戦闘はそこまで時間を食ったわけではないようだ。休憩以外で隊列を停めたのはあの一度きりだったが、他の場所では目立った戦闘も無かったのだろう。
「予定時刻と大きなズレは無さそう」
隣で飴を舐めるアキラに話しかける。手帳を覗き込みながら同輩は頷き、片手を差し出した。
「リシアも食べる?」
「いいの?ありがとう」
手のひらに琥珀色の素朴な飴が一粒転がり落ちる。特別な風味がついているわけではないが、疲れた身体を癒すには十分な甘味だった。
「甘い!元気が湧いてくる」
「もう一踏ん張りなんだよね?頑張ろう」
「うん」
「着いたらすぐに食事なのかな。蟹がどうなるのか楽しみで」
アキラらしい。ふふ、と笑うとほんの僅かアキラの口端も上がった。
「冷製か揚げ物か……」
「結構手が込む料理だね」
迷宮の中で食べるなら、単純に塩茹でだろうか。地上で蟹を食べる時の情景を思い出し無言になる。
その隣でアキラの夜色の瞳が何かを捉え、輝いた。
「ライサンダーさん」
後尾を振り向く。弩と水筒を手にしたフェアリーは軽く会釈をして、此方へと立ち寄った。
「給水ですか」
「はい。それと、蟹の話を耳にして」
触角が忙しなく動く。
「多分、初めてです。食べるのは」
初めてなのか。
ということは、戒律や倫理的には蟹、食べられるんだ。
喉まで出かかった言葉を飲み込み、アキラを指し示す。
「実は、私達も倒すのを手伝ったんです」
「そうだったのですか。おかげで蟹が食べられそうです」
不意に、複眼が何か違うものを映した。
振り向く。
「貴女も関わったのですか?」
リシアの背後に立つアムネリスに、ライサンダーは尋ねる。マイロやブレッチャーに対応していた時とは比べ物にならない殺気が、華奢な姿から滲み出ていた。
「ええ。後方は暇みたいね」
これまでの鈴を転がすような声とは、発声器官が違うのだろうか。共有語とは些か抑揚の違う声音が背筋を這う。
「ケインのところのエルフ、だったかしら」
「はい。今回もよろしくお願いします」
対するライサンダーも、普段に輪をかけて事務的な口調だ。アガタの言葉を思い出しつつ、どう口出しをすべきかリシアは悩む。
「水はあちらで汲めますよ」
壁際を指差しつつアキラが口を開いた。フェアリー両者とも、触角を立てる。
「……そうでした。ありがとうございます」
「リシアは水、大丈夫?私残り少ないから汲みに行く」
そう言って、微かに水音が響く水筒を手に離れる。先に行ったライサンダーの後を着いていくような姿を、アムネリスと共に見送る。
どちらが先か、溜息が溢れた。
「ごめんなさいね、大人気なくて」
ちょっと想像のつかなかった一言がアムネリスから飛び出す。思わず見つめると、フェアリーは何事も無かったかのように口角を上げて微笑んだ。
「多分、目的地までもう長い休憩は無いんじゃないかしら。今のうちに休んでおいてね」
複眼がゆらめく。
「水もちゃんと補充しなきゃダメよ」
そう告げて、本人は水場には目もくれずに他の持ち場へと去っていった。
期間中は常にこんな調子なのだろうか。
手帳の地図と周囲を交互に見つめ、何度目かの溜息をついた。




