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再度、出発

「解体は終わったか」


 隊列の前方から声が投げかけられる。時計を手にしたシルトが、不満げな表情で此方を睨んでいた。


「すみません、後は肉の処理だけです」

「早く済ませてくれ」


 苛立ち混じりの声音に、ブレッチャーは愛想笑いと共に返事をする。頭を掻きながら甲殻類を一瞥し、溜息をつく。


「今からほじくり出すのもな」

「取り敢えず殻ごと尾花堂に渡しても大丈夫でしょうか」

「そうだなあ。ちょっと嫌がられるかもしれないが……向こうは荷車を持ってるから、一度聞いてみよう」


 そう言うなり背甲部を背負い上げる。身の丈ほどの胴体を難なく抱えた冒険者に目を丸くして、リシアは脚を拾い集めた。


「私も行きます」

「お、頼む」


 隣ではアキラが鋏を二つ肩に担いでいる。


「一回加熱が必要かな」

「確かに生のまま身を取るのは難しいかも」


 そんな話をしていると、アムネリスが鋏を片方ひょいと取り上げた。


「尾花堂でしたっけ?」


 小首を傾げる。急げ、と言外に告げられているような気がして、背筋が伸びた。ブレッチャーは肩をすくめ、隊列の前方へ歩き出す。


 学士達が集まる中央ほど近くに、尾花堂の簡易荷台が停まっていた。弁当を配っていた初老の女性がブレッチャーの顔を見るなり手を振る。


「それが件の蟹かい?」

「ああ。新鮮そのものだ」

「さっき監督役にどやされてたね。肉ごと預かってくれないか、だろ?」


 話が早い、と思ったのも束の間女性は人差し指を立てる。


「場所代だ。肉のお代から差し引きで」

「……構わないか?」


 なるほど。


 交渉に頷く。アムネリスも特段文句をつけることはなかった。


 全員の確認取った後、荷台を整頓し始める。


「とりあえず背甲は載せようか。それから鋏と……脚も入るね」


 ブレッチャーや女学生を指差しつつ指示を出していく。弁当の隙間になんとか甲殻類は収まった。


「それじゃあ締めて、青紙幣三枚で良いかい?」

「お、割とくれるんだな」

「なんだい、引いても良いのかい?」

「いやいや。ありがたく受け取らせてもらいます」


 女性は懐から折り目のついた紙幣を取り出す。


「そっちの分け前とは別で良いのかい?」

「そうだな、トドメを刺したのは君らだから……二枚は赤紙幣に分けられそうか」

「青一枚に赤十枚ね」

「あの、こちらで買い取ってもらえるか交渉してくれたのはブレッチャーさんなので、等分でも良いかと」


 そう言いつつアムネリスに視線を送る。


 目が合う。


「そうねえ、面倒だしそれで良いわ」


 またもやあっさりとアムネリスは了承した。ブレッチャーは「悪いな」と言いつつ破顔する。


「それじゃ青紙幣のままね。まいど」


 差し出された紙幣を受け取り、礼を告げる。


「ありがとうございます」

「食事、楽しみにしていてね」


 歯を見せ快活に女性は笑う。つられてリシアも微笑み返した。


「蟹はこれで解決だ。すまない、待たせた」


 女性と握手を交わした後、遠巻きに眺めていたシルトにブレッチャーは声をかける。わざとらしくシルトは懐中時計を確認し、片手を挙げた。


「総員持ち場へ。出発する」


 その言葉を聞いて、一団は再び進み始める。荷車の軋む音を聞きながら慌ててリシア達は持ち場へと戻った。


 一難が去った通路は、先ほどの熱気が嘘のように静かだった。マイロの姿を探し周囲を見渡す。


「あの、マイロさんは」

「碩学院の簡易荷車に乗っている。寝心地は悪いだろうが、今は安静に、な」


 ブレッチャーが指差した先に、担架にも似た荷車と横たわるドレイクの姿があった。寝心地について言及はしていたが、見た感じ揺れもごく少なく快適なように見える。バネの技術だろうか。しげしげと眺めていると、赤く染まった包帯が目に入った。反射的に目を逸らす。


 もっと意思疎通が上手くできていれば。


 反省しつつ、確認すべきことを思い出した。


「アキラ。そういえば怪我はない?」


 リシアの問いに、隣で歩幅を合わせていたアキラは手のひらを見つめた。


「どこも怪我はないよ」

「そう……良かった」


 ひとまず安堵する。続いて、同行のフェアリーの姿を探した。


 戦闘前よりも程近くを、フェアリーは静かに歩いていた。


「あの、アムネリスさん」


 声をかけつつ小走りで寄る。足並みは変わらず、ゆっくりとアムネリスは振り向いた。


「何かしら」

「お怪我はありませんか」

「あのくらいで傷つくほど、ドワーフは柔じゃないわ」


 顎が吊り上がるように裂ける。一瞬、言葉を間違えたかとリシアは身構えた。


「ほぉら、なんでもないでしょう?」


 細い腕が一本、外套の合わせ目から現れる。ライサンダーの甲殻とは質感の違う、柔らかさを感じさせる角皮の上には「蔦」が絡みついている。未だ仄かに熱を放つそれについて、逡巡しつつリシアは尋ねた。


「遺物、ですよね。それ」

「ええ。こういうのを見るのは初めて?」


 頷く。甲殻類と対峙した時に横目で見た輝きは、確かに「炉」の輝きだった。だがその姿形はウィンドミルとはまるで異なる。


 アムネリスの肢体に寄生しているかのようだ。


「補助をしてくれているんですって、この遺物」


 指を曲げ伸ばししつつ、フェアリーは語る。


「単純に、力も速さも倍以上にはなってるかしら。音と同じ速さかもとウゴウは言ってたけど」

「音速……」


 絶句すると同時に、納得する。甲殻類の鋏が弾け飛ぶのも当然だ。


「フェアリーは外骨格でしょう?貴女たちみたいに柔らかなヒトよりも相性が良いみたい。勝手に身体が振り回されることもないし」


 フェアリーは帽子のつばをつまみ、整える。


「前の持ち主は、これにこびり付いたまま迷宮を彷徨いていたの。元の種族がなんだったのかもわからない。身体のそこかしこが爆ぜちゃって可哀想だったから、引導を渡してあげて……そのまま拝借しちゃった」


 怖い話になってしまった。


 別の意味で絶句していると、複眼が潤むように輝いた。


「怪我の心配、ありがとう。安心してね」


 逆に気遣われた。


 そう気付いてリシアは照れ隠しに頭を下げる。顔を上げた時には、既にフェアリーは数歩先に進んでいた。

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