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「うお、何かあったんですか学士の皆さん」


 戻ってきたブレッチャーが人集りを見て目を丸くする。粗方解体の済んだ甲殻類と女学生が囲まれていることに気づいたのか、心配げに近付いてきた。


「問題でも?」

「いえ!なんでもこの植物が未記載種だとか」


 ホルンフェルスから貰った名刺と本人を目で示す。学士も会釈をして、壮年の冒険者に向かった。


「植生調査班のホルンフェルスと申します。こちらの甲殻類に寄生していた植物を一部、標本として……」


 甲殻類退治に関わった組合全てに確認を取る必要があるのだろう。名刺を渡し胴乱の中を見せた後、ブレッチャーの快諾を聞いて学士は笑顔を綻ばせた。


 一方、聞き耳を立てていたリシアはもう一度ヤドリイチジクを眺める。


「共生じゃなくて寄生なんだ」

「寄生と共生って違うの?」


 アキラの問いに答えあぐねる。確か、宿主に利益があるかどうかが焦点だったはずだ。その旨を伝えると、次の問いが出る。


「じゃあ、この蟹は何か損してたんだ」

「そうなるね。でも損ってなんだろう」


 鋏と植物を繁々と眺める。単に邪魔というだけではないようだ。


「気になります?」


 ずいと、ホルンフェルスが顔を寄せる。気圧され半分、好奇心半分でリシアは頷いた。


「は、はい」

「この甲殻類はシゲミカムリと言って、本来はケビワと共生しているんです」

「ケビワ」

「全草に麻痺毒と刺激性の産毛を持つ植物です。シゲミカムリは稚ガニの頃にケビワの種子を集めて、身体中に苗を着生させるんです。蟹はケビワを擬態と威嚇に用いて、ケビワは生息範囲拡大の乗り物に蟹を用いる。そんな関係です」


 その関係性ならお互いに利点がある。しかしこの甲殻類はその恩恵を享受出来なかったのだろう。


「時折ケビワではなくヤドリイチジクを着生させてしまう個体がいて、ヤドリイチジクは毒を持たずシゲミカムリを覆い尽くすほど繁茂してしまうんです。シゲミカムリにタダ乗りするんですね」

「シゲミカムリからすれば、擬態出来ない威嚇も出来ない」

「それどころか絞め殺してしまうんですから、踏んだり蹴ったりですよね」


 確かにこれでは利点が無いどころか、不利益を被っている。もしかしたらこの個体は、調査団に出会わずとも近いうちにヤドリイチジクに埋もれてしまう定めだったのかもしれない。


「あちらのフェアリーさんにも確認取ってきます」


 一言残して、ホルンフェルスは輪から離れたところで未だに手で扇ぐアムネリスの元へと駆けて行った。替わるようにブレッチャーが歩み寄る。


「肉の件、尾花堂が買い取るそうだ」


 満面の笑みでそう告げたブレッチャーにつられて、リシアも浮き足立つ。


「お弁当を配っていたところですよね。もしかして、調理用ですか」

「そうらしい。現地で調理できる資材もあるって言うから、補給におまけがつくぞ」


 手を止め聞き耳を立てていたアキラの目が輝く。


「楽しみですね」

「だろう?そういうわけだから、肉以外の分け前を決めてから代表三名で尾花堂のところに行こう」


 ちらりとブレッチャーはフェアリーの様子を伺う。既にホルンフェルスとの話は終わったのか、外套の合わせ目を正しながら佇んでいる。


「おーい、そこの」


 ブレッチャーの声にフェアリーは一瞥を返す。静かに歩み寄り、甲殻類を見下ろした。


「分け前の話でしょう?」

「ああ。灰ノ月会はともかく、あんたら二組合の比重が多い。何から取る?肉は買い取り手が決まったから、後で金を分けよう」

「そうねえ。トドメを刺した貴女が先に決めて」


 複眼が女学生を映す。逡巡しつつ、恥を忍んでリシアは尋ねた。


「あの、実は甲殻類の相場とか利用法がわからなくて……教えてくれませんか」


 リシアの申し出に先に反応したのはブレッチャーだった。肩を振るわせ、突如笑い出した壮年にリシアは目を白黒させる。


「す、すみません。失礼でしたか」

「いや、素直にそんな事を言われたら、黙って良いところを掠め取るわけにも行かないからな」


 不穏な言葉だったが、今のブレッチャーに「その気」は無いようだ。しゃがみ込み、部位ごとに指差していく。


「鋏と背甲はそのまま、他の甲殻は小片にして防具に使う。内臓は蟲のものほど利用価値が無いな……ああ、胃石は別だ。薬屋に高く売れる」


 腹甲をこじ開け、短刀を捻じ入れて何かを探る。暫くして、体液で光る石のようなものが転がり出た。


「これが胃石だ。オクリカンキリとか言うところもある」


 白い石灰質の円石がリシアに差し出される。


「どうせなら持って行っちまえ」

「えっ!い、いいんですか」

「お、くれるのか?」


 言葉に詰まるリシアを見て、再びブレッチャーは笑う。


「冗談だ。トドメを刺したやつが一番良いところを貰えるんだ。当然のことなんだからほれ、胸張って貰え」


 そうだ。


 「暗黙の了解」を胸中で復唱し、恐る恐る受け取る。思ったよりも軽く陶器のような質感の胃石を抱え、リシアは礼を告げる。


「ありがとうございます」

「もう一個はあんただな」


 感無量のリシアの傍で、分配が進む。もう一つ転がり出た胃石はアムネリスの手に渡った。


「この分なら、甲殻は俺が貰っても良いか?」

「そうね、鋏は彼女に渡しても良いんじゃないかしら」


 私達はこれで十分、とフェアリーは胃石をちらつかせる。両者異論も無く、ヤドリイチジクに覆われた鋏がアキラの手に渡った。

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