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戦闘 陸蟹

 水筒に清水を詰め、隊列に戻る。既に各々荷を整えていた。


「時間だ」


 学士と思わしき声が、遠く隊列の前方で響く。


「出発する。同じ配属で人員の欠けはないか確認してくれ」


 辺りを見回す。五人、漏れはない。


「あのフェアリーさんは……ああ、ちゃんといるんすね」


 マイロが溢す。少し離れたところに立っていたアムネリスはこちらに視線を向け、口元だけで笑顔を作った。


「次の休憩まで何かあると良いんすけど」

「何か?」

「暇じゃないすか?」


 何も無いに越したことはないと思いつつも、確かに今の道中は普段と比べて緊張感がない。斥候はともかく、隊の雰囲気も迷宮中にしては和やかだ。


「前列行こうかな。お土産も沢山ありそうだし」


 続く言葉にぎょっとする。


「か、勝手に配置を動くのはどうかと思います」

「あはは、寂しい?」


 そういうのではなく。


 憮然とした表情のリシアを見て、マイロは揶揄うように笑う。


「このまま何もないと、それはそれで困るんで」


 休憩前の道中での会話を思い出す。確かに素材の収入が無いのは困るのだろうが。言葉に詰まるリシアの代わりに、横からブレッチャーが口を出す。


「おう、勝手に動くのは困るぞ」

「あっ、すいません」


 叱るわけでもなく、マイロも慣れているのか軽く流す。ともあれ、此処には居てくれるようだ。


 雑談に入る灰ノ月会をよそに、再びアムネリスの姿を探す。


 目が合った。


 見覚えのある笑顔を返され、反応に困り会釈をする。此方を気にかけてくれている、と取るべきか。少なくとも、彼女は勝手に前方に行ってしまったりはしないだろうと思った。


 隊列が動く。


 雑踏と話し声が洞内を満たす。刃が滑る音も今は聞こえてこない。警戒を名目に、通路を観察してみる。これまでに潜った通路と異なるのは、灌木がそこかしこに生えている点だ。壁面の隙間に根を下ろし着生するように育つ木々は、地上のイチジクと似通った葉を持っている。地表に近いとはいっても、どうやって此処に根を下ろすに至ったのか。これまで草本が主だった植生ばかりを見てきたため、リシアは興味を惹かれる。


「リシア、気になる?」

「え?う、うん」


 突如アキラが声をかける。表情や挙動に出ていたのだろうか。照れながらも頷く。


「私も気になる」

「やっぱり?あの木クワ科だと思うんだけど、ああいう風に着生するってことは実を食べて種子を撒く動物がいるはずだよね。地上では鳥がそういう役割を担うけどここでは」

「擬態かな」

「え」


 視線の先で、灌木の株が小刻みに揺れた。茂みの裏で樹皮とは異なる艶やかな甲殻が光を照り返す。


「うお、カニだ」


 誰かがそう叫んだ途端、壁面の隙間から灌木と脚が溢れ出た。一瞬多脚型遺物の姿が脳を過り、剣を構える。


 中央に固まった学士達が怯えたように声をあげる。自身の職務を思い出し、リシアは彼らを庇うため甲殻類との間に立ち入る。


 狭い割れ目にどのように収まっていたのか。灌木の絡んだ鋏を振り、緩慢に横歩きをする人の背丈ほどの体高の蟹を注視し距離を測る。隣でアキラが動いた。


「アキラ、背後を取って」


 そう告げるなり、アキラとマイロが駆け出す。最初に鎚を振り上げ仕掛けたのはマイロだった。リシアの言葉通り背後を取り、脚を払うように撃ちつける。


 一瞬甲殻類は体勢を崩したが、すぐさま旋回する。


 速い。


「あー、すいません!」


 へらへらと笑いながらマイロは甲殻類の鋏が届く範囲から離脱する。アキラとリシアも相手の出方を窺うため、一歩引いた。


 おそらく、以前対峙した遺物と同じやり方が出来る。視界を奪い、柔らかい腹部を狙ってウィンドミルの炎で仕留める。問題はどう近付き動きを止めるかだ。


 アキラに目配せをする。剣よりも射程の長い鋤を手に、甲殻類の眼を見据えている。


 続いてマイロの方を向く。彼も出方を伺っているのか、こちらと目が合った。


「腹部を狙います。動きを」

「了解!」


 言い切る前にマイロが動いた。先程と同様に背後を取り脚を打ちのめす。


 そうじゃない、と思いつつ、彼も狙っているのは甲殻類の動きを封じることだろう。再度アキラと意思疎通を図る。


「ガッ」


 目を離した瞬間、で鋏が大きく振るわれた。想像以上の範囲で動いた鋏は冒険者の体を、木の葉を散らしながら吹き飛ばす。


「マイロさん……!」


 地に伏した冒険者から甲殻類に意識を向ける。黒々とした瞳が学士達の集う隊列の方を向いた。


 まずい。


 駆け出し、甲殻類の行手を阻む。


 その隣に人影が一つ立った。


 外套が翻り、蛍光色の軌跡が奔る。


 甲殻類の鋏が片方、爆ぜた。


 続いて顎の一部が陥没し、破片をばら撒く。ふらつく甲殻類を呆然と眺めるリシアの耳元で、誰かが囁いた。


「腹部を狙うんでしょう?今じゃないかしら」


 我にかえると同時に体が動く。鋏を失った側面から、腹部の接ぎ目に刃を突き立てる。ウィンドミルの炉が蒼く発光し、甲殻の隙間から体液と煙が溢れた。


 軋むような音を立て、甲殻類は脚を縮める。遺物のように脱力してくず折れるわけでもなく、形を保ったまま甲殻類は生き絶えた。


「お疲れ様」


 熱気が歩み寄る。


 華奢な肢体に絡みついた蔦が、仄かに光を放っていた。

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