道中(2)
前方は何かと「仕事」があるようだが、リシア達のいる中程はさして異常もない。時折ネズミがこそこそと走り抜けるくらいで、単調な道のりを粛々と進む。同じ配属の冒険者二人もネズミを獲ろうとは思わないのか、物音のたびに一瞥するくらいだった。
「斥候が仕事をしてるみたいだ」
ブレッチャーは笑う。雑踏の中では笑い声すらも掻き消える。リシアは数拍遅れてブレッチャーの声に気付き、愛想笑いを返した。
「大きな危険は無いようで」
「これだけ居ればむこうも気付くか」
「むこう?」
「野生動物だ。避けるやつと寄ってくるやつがいる」
「……後者は、凶暴ですか」
「そりゃあもう」
飢えたネズミとは訳が違うのだろう。ふと気になって尋ねてみた。
「大陸とここは、生態系も違いますか」
「対して変わらねえかな。特にこんな地の底は。虫にネズミに蛇……ああ、でもここに来てからはムササビを見てないな」
文献で名前だけは知っている生物だ。目を輝かせ話を聞く。
「ムササビ!」
「クズリよりも毛皮が高く売れるんだが、凶暴でなあ。穴を塞いだりするし」
「ムササビって?」
横からアキラが尋ねるとともに、マイロが答える。
「空飛ぶ布団みたいなヤツで、森にいる種と地下迷宮にいる種があるんすよ。どっちも似てるけど地下の種は雑食性でヒトにも襲いかかるんす」
「雑食……」
いつぞやのネズミを思い出す。布団ほどの大きさの生き物に襲われては、事態を把握する間もなく貪り食われてしまうかもしれない。
しかし冷静に考えてみれば、空飛ぶ布団とは一体。
「逃げられる寝袋みたいな」
「なんすかそれ」
劈く笛の音が響く。
話の途中で、一同は足を止めた。
「休憩ね」
アガタがそう告げた途端、学徒達は荷物をその場に下ろしくつろぎ始める。時計を見ると、確かにエラキスを発って一時間は経過していた。
これからも目的地に着くまでにこのぐらいの頻度で休憩が挟まるのだろう。配分を考えつつ、水筒に口をつける。
「そういえば軽食もあるって言ってたな」
「確か尾花堂が卸してるんでしたっけ」
ブレッチャーとマイロのやり取りを聞きつつ、辺りを見渡す。微かな清水の音が聞こえた。
「ここ、水が湧いてるの?」
「ああ。今でも割と整備されてるらしい。買った地図の情報だが」
そう言われて周囲に目を向ければ、補強の柱や間隔の狭い瓦斯灯が目に着く。休憩地点として現在も使われているのだろう。
流水の出所は簡素な樋で、既に人が大勢群がっている。温存する理由は無いと、リシアは水筒に残った水を飲み干した。
牧歌的な鐘の音が響く。
「食事はこちらー、尾花堂が配っておりまーす」
水場とは別に、後方に人集りが出来ている。中年の女性冒険者が声を張り、紙包を次々と手渡す。
「はい、あんたハルピュイア?じゃあこっちオススメ。あー、あんたはこの二つから選んで!ネギ入ってないから」
種族ごとに手渡されている弁当は違うようだ。あの中に浮蓮亭の弁当も紛れているのだろう。
「先に弁当もらう?」
アキラの提案に頷く。他の左翼担当も、既に思い思いに行動しているようだ。
「食事、良ければ一緒に食べましょ」
「はい」
アガタと共に弁当を受け取る列に並ぶ。食事は学徒も同様に配給を貰うらしい。そわそわと順番を待つ。
前の冒険者が捌け、酒場の女主人然とした風貌のドレイクが女学生を一瞥する。周囲に積まれた箱の中から、形も色も違う包みが覗いている。おそらく複数の食堂に委託して作ってもらった料理を、彼女が配給しているのだろう。
「ドレイク三人ね。食べられないものとかある?」
「い、いえ」
「なんでも食べられます」
アキラの堂々とした発言に、女主人は笑い声を上げる。
「それならこの弁当。ちょっと癖のある香辛料を使ってるみたいだからね」
ぽんと受け取った瞬間、嗅ぎ慣れた香りが鼻腔をくすぐる。一瞬アキラと顔を見合わせ、配給場所からいそいそと離れた。
「癖のある香辛料ねえ」
後から追いかけてきたアガタが包みに鼻を寄せつつ呟く。
「肉桂かしら?ちょっと刺激があるかも」
おそらくそれが浮蓮亭の匂いだ。異国の香りが漂う弁当を手に、三人はくつろげる場所を探す。幸い、前線の休憩所時代から残っているらしい長椅子や卓は数多くある。手頃な長椅子を見つけて、三人は陣取った。
「敷き布も一応あるけど、大丈夫?」
「あまり気にしない」
「私もです」
「あら、実は私もなの」
大らかというか、思ったよりも細かくはないアガタの発言に気が緩む。
「あまり長居はしないと思う。食べちゃいましょ!」
アガタの言葉を皮切りに、三人はそれぞれの食前の祈りを告げた。




