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出発

 壮年はブレッチャー、青年はマイロと名乗った。アムネリスとの緊張感ある対話とは違って、此方は和やかに挨拶が済んだ。


「学生サンとも初めてっす。普段はどんな依頼受けてるんすか?」

「採集や地図作成です」

「あー、どうりで。ウチの組合はこういう護衛が主なんすよ。もしかして、そういう依頼は学生サンには人気ないとか」


 少し距離が近いがその分気さくにやり取りをしてくれる青年の言葉を聞いて、リシアが思っていたよりも遠征をする生徒は少ないのだと気づく。アキラに会うまで班活動を停止していたリシアの知る限り、遠征を行った生徒はいない。第六班の計画を小耳に挟むぐらいだった。


 慎重になるのも当然だが、それ以上に、他の冒険者と同伴せざるを得ない依頼が殆どであることも理由だろう。


 学苑の生徒は本職冒険者と関わりたがらない。多くの生徒にとって彼等は異質な存在なのだ。リシア自身、当初は異国通りに近づくのを避けていた。勝手に引いていた不可視の隔たりを超えるきっかけは他でもないアキラとの出会いだったが、他の生徒はそのきっかけから目を逸らしているようにも思える。もっとも、何事もなければリシアも目を逸らし続けていたはずだ。学苑内の閉じた交友関係だけを頼りに邁進していたのだろう。


「まあ俺ら、最近エラキスに来たんすけど」

「そうなんですか。前はどちらに」

「これでも大陸にいたんすよ。劇場とか墓所とか、外周ぐらいは案内できる」


 劇場、墓所。講義で聞いた覚えのある言葉だ。何だったかを思い出す前に、ブレッチャーが口を挟む。


「案内って、観光じゃねぇんだから」

「奥はともかく浅い階層は結構実入が良かったじゃないすか。今回みたいな学者の護衛もあって」

「生きて帰れたやつは暢気なやつばかりだな」


 ブレッチャーは首を振る。


 リシアの袖をアキラが躊躇いがちに突いた。


「劇場とか墓所って?」

「私も詳しくは知らないけど……有名な未踏破の迷宮。遺物の巣窟だとか」


 二人の会話に青年が目を光らせる。


「凄いっすよ、あそこは」


 自慢げな表情を見てリシアも興味を惹かれる。傾聴の姿勢をとると、青年は言葉を続けた。


「主がいるんすよ」

「ヌシ?」

「名物遺物って言うんすかね。何千何百の冒険者を退けてきた自律型。踊り子とか墓守とか名前が付いてて……俺も遠目で見たことがある」


 自律型と聞いて思わず前のめりになる。他の遺物について詳しく聞くのは滅多に無い機会だ。神妙な面持ちになった青年は、声を潜め囁く。


「人型なんすよ。俺達ドレイクや他の異種族と同じ。だけど顔立ちは、どの種とも違う。見ててこう、ゾワゾワくる。ヒトのフリをしてるっていうのがわかるというか」


 ヒトのフリという言葉に些細な違和感を覚えつつ、いつの間にか真剣な声音になっている青年の雰囲気に気圧される。


「遺物って生き物なんですね」


 アキラの言葉に青年は一瞬目を丸くする。そして、元のように人好きのする笑顔を浮かべた。


「そこら辺は碩学院の人らに聞かないとわかんないっすね」


 青年はアキラの言葉に虚をつかれたのだろう。


 遺物は非生物、機械の類だと一般的に考えられている。アキラの伯母であるシノブなどはそれを前提として研究を行っているはずだ。ただ我々一般人からすれば、炉という心臓を持ってひとりでに動く存在が何故生物ではないかと聞かれても、答えようが無い。


 異種族やその他の生物と比べて「異質」なのは確かだ。


「実は、あのフェアリーのヒト見た時におんなじ感じがしたんすよね」

「甲殻の感じがですか?」

「そうそう。あと、ヒトのフリしてそうなところとか」


 雲行きが変わった。


 どうにも面白くない会話になりそうな気がして、リシアはどうにか話を切り上げようとする。何より、瞬時に雰囲気の変わったアキラをこのままにしてはおけない。


「おい、楽しくお話ししてるとこ悪いが、そろそろ出発だ」


 リシアが何かを告げる前に、ブレッチャーの声がかかる。辺りに目を移す。


 それまで無秩序だった冒険者と研究員の集まりが、明確に隊列を組み始めている。いつの間にか号令でもかかったのだろうか。慌てて女学生二人と青年は壮年の後を追う。


「あ、アムネリスさんは……」

「もう先に行ってる」


 同じ配属のフェアリーを探すと、アキラが前方を示す。ブレッチャーよりも先に彼女は配置場所に着いたようだ。


「皆、位置に着いたか」


 どこからかシルトの声が響く。はっきりとした答えのないまま一団は進み始めた。


「あら、二人ともここを任されたの?」


 冒険者に挟まれた研究員の中から、アガタが縫うように近づいてきた。ほんの僅かな時間離れただけだが、彼の顔を見ていくらかリシアは安堵する。


「はい。左側の担当です」

「近くてよかった。最後尾や前列はちょっと話しかけづらいものね」


 朗らかに微笑むアガタの顔を、マイロは盗み見るように眺める。その視線に気付いたのか、アガタは手を差し出した。


「貴方も護衛?お世話になります」

「あ、ども……」


 挨拶を交わす。先を歩いていたブレッチャーも二人のやり取りを聞いてか近づいてきた。


「灰ノ月会のブレッチャーだ」

「よろしくお願いします」

「それからもう一人いるんだが、前の方に出ちまったな。呼んでも来るかわからん」


 アムネリスのことを指しているのだろう。ブレッチャーは肩を竦める。


「もしかして、ドワーフの女性かしら」

「ドワーフ?……ああ、そう言うんだったか」


 傍らでやり取りに聞き耳を立てる。セリアンスロープと同様、フェアリーも複数の種の総称であるという知識はある。二人のやり取りの通りなら、アムネリスはドワーフと呼ばれる種なのだろう。


 当のアムネリスは一瞬だけこちらを振り向き、硬質な笑みを浮かべた。しっかりと聞こえてはいるようだ。


「やっぱり。一度、護衛を頼んだ人だわ」


 アガタの呟きを聞いて目を見開く。


 世間は狭い。

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