集合(1)
駅前の人集りに見知った顔を見つけ、二人は手を振る。
「アガタさん!」
遠くからもよく目立つ華やかな顔立ちの青年は、少し周囲を見回した後にこちらを捉えた。
「二人とも、こっちこっち」
笑顔と共にアガタは手を振り返す。その声を聞いてか、アガタの背後に居た揃いの外套を来た一行もこちらを向く。落ち着いた色合いに目の詰まった生地の外套は、よくよく見るとアガタも身につけている。碩学院で支給されている物なのだと気がついて、リシアは一行の所属を察する。
「十分前。偉いわねえ」
「そ、そうなんですか」
「偉いわよ。こっちはまだまだ集まってない子もいるんだから」
肩を竦める青年の背後から、声が投げかけられる。
「数学科の奴らだよ」
なんとも面白くなさそうな声音だった。声の主は揃いの外套の上から厚手の胴衣を着込み、首からは防護眼鏡を下げている。
「宿が遠いんだ。治安の問題とかで」
「治安ねえ」
「これからもっと治安が悪いところに行くのによ」
溜息混じりの言葉に、アガタはそれ以上返答はしなかった。冒険者側であるリシアとしても、思うところがある発言だった。
「他の冒険者は……」
頃合いを見て尋ねるリシアの肩に手が乗る。振り向くと、見慣れた銀細工の煌めきが目に入った。
「よろしく頼むよ」
夜干舎代表は口端を釣り上げる。「同業」が現れたことに、リシアは自身でも驚くほどに安堵した。
「よろしくお願いします!」
アキラと共に頭を下げる。
「はいはい、よろしく」
呆れたようにそう告げたのは夜干舎のハルピュイアだった。いつかと同じ鉄爪を付けた脚で、音もなくケインの隣に立つ。フェアリーの巨躯もいつの間にかそこにあった。
「揃いましたね」
「ああ。冒険者連中も続々集まってるよ」
ライサンダーの言葉に応じたケインは辺りを見渡す。つられてリシアも周囲に目を向けた。
いつの間にか、駅周辺の景色はがらりと変わっていた。
未知の装い、異なる種族。異国通りの様相が漏れ出たような人集りに、リシアは忙しなく視線を巡らせる。
「確か、冒険者だけで八団体が参加してるんだったか。大所帯だ」
「そんなにですか」
応募団体はそれほどの数だったのか。驚くアキラにケインは説明する。
「前線に用があるからそのついでに、って奴らも多いんだ。あと、喜ばれはしないが途中で抜ける団体もたまにいる」
「それって問題にならないの?」
「問題だとも。もっとも、先に伝えてくれれば考慮はするけどね」
考えてみれば、いくつかの依頼を掛け持ちする方が効率は良いだろう。もっとも効率を重視して中途半端な仕事をするのはどうかとも思うが。
もう一度周囲に目を向ける。いかにも荒事が得意そうな集団や、ハロと同じ軽装に鉄爪のハルピュイア、一見冒険者には見えない線の細い青年。いずれもどこかそわそわとした様子で碩学院の一団を気にかけているようだった。
人集りの中に一瞬、大きな尻尾が見え隠れする。
「あ」
思わず声をあげたリシアの隣でアキラが囁く。
「別の夜干舎もいる」
アキラにはもう一つの夜干舎の姿がはっきりと見えているらしい。夜色の瞳が動く。
「ふーん」
不満げに口を尖らせるハロとは対照的に、こちらの夜干舎代表は暢気な笑顔を浮かべている。その様子を見てか、どこか呆れたようにフェアリーは触覚を動かした。
「まだかしら、本当に……」
懐中時計を確認しながらアガタがぼやく。他の研究生と短いやりとりをして、リシア達に向かって手を合わせた。
「ごめんなさいね。こちらの人員が揃ったら指示が出されると思うわ」
「そちらも大所帯だ、遅れは珍しくないとも」
寛容なケインの発言の背後で、苛立ち混じりの声が響く。
「まだかよ、告知と違うぞ」
どこの組合だろうか。少なくとも、両夜干舎の組合員ではないだろう。非などあるはずもないが少しだけ肩身狭く、リシアはアキラに寄り添う。
「来た」
誰かがそう告げる。数人の足音が近付いてくるのを耳にして、リシアは振り向いた。
アガタと同じ揃いの外套を纏った集団を目にした瞬間、総毛立つ。
生気がない。
青ざめた顔色と妙な光を宿した瞳の一行は、同じ碩学院の研究員達を一瞥する。その内の一人、いくらか歳を重ねたドレイクが咳払いをした。
「遅れて申し訳ない。私は碩学院数学科研究補助員のシルトだ」
よく通るような声でもないが、周囲の喧騒が僅かに静まる。冒険者達の注視に気付いてリシアは感心した。この反応の速さを見習いたい。
「早速だが、送迎依頼に参加する組合の代表はこちらに。確認を行う」
端的な言葉の後に、冒険者が何人か歩み寄る。ぼんやりと立ち尽くしていたリシアの肩をケインが突いた。
「リシア、君も行くんだぞ」
「え」
「代表だろう?」
そうだった。
我に返って、夜干舎代表と共に研究補助員のもとへ向かう。
書類を抱え込んだ研究員が、ぼそぼそと冒険者と言葉を交わす。自然にできた列に並び、順番を待つ。
「次」
前に立っていた冒険者が消え、リシアは研究員と向かい立つ。
「所属は」
「学苑第四十二班です」
「ああ」
くまの浮いた目元の奥で視線が上下に往復する。
「学生か」
「はい」
「二人ね」
「はい」
「次」
ほんの二、三言で「確認」とやらは終わった。列から外れ、次の指示を待つ。




