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たすける

「放課後、スペサルティン卿に会いに行きましょう」


 マイカの言葉を聞いて、まだ昼食を入れていない胃袋がきりきりと痛みだした。片手で目元を覆い尋ねる。


「会いに行く、とは」

「勿論後ろ盾の件についてです」

「すぐに会えるような人ではない」

「既に約束はしています」

「いつ」

「ですから、今日の放課後に」

「違う、いつ約束を取り付けたかだ」


 気色ばんだゾーイの問いを聞いて、マイカは狼狽えるように手を揉み合わせる。人によっては「いじらしい」と取られる仕草も、今のゾーイには対話の調子を遅らせる無意味な行動にしか見えない。


「……昨日の放課後、別れてから紅榴宮に向かったのです。会議があると聞いていたので。それで、直接スペサルティン卿に用件をお伝えして、日取りを決めていただきました」


 自身の迂闊さに眩暈がする。そうだ。そういう人間だ。なのに何故、釘も刺さずに野放しにしてしまったのだろう。暫く尾行でもしておけばよかった。


 溜息と舌打ちが同時に出そうになって堪える。暫く目を伏せて、口を開いた。


「こういうものには踏むべき段取りがある。勝手に進めないでくれ」

「申し訳ございません……でも、断られたわけではありませんし」


 おずおずとした様子で口答えじみた返事をする。謝罪とも言えない発言を追求する気力も無く、ゾーイはこれからの動向について思案する。


 粗方状況を把握するため、いくつか質問をする。


「どこで会う予定なんだ」

「スペサルティン邸です」

「君だけが来ると思っていないか、向こうは」

「班の者と行くと伝えました」


 何か名案でも浮かんだのか、マイカは目を瞬かせる。


「班長も同行した方が良いでしょうか」


 シラーも流石にこの状況には動揺するだろう。


 元々二人に任された仕事だ。この聖女様と行くしかない。


「まず……準備をする。話の内容は放課後までに用意しておく」

「一緒に考えましょう」

「君は、何もしなくていい。スペサルティン卿と話す機会を作れたのはお手柄だ。ありがとう」


 ぶっきらぼうにそう告げると、マイカは肩を落とした。流石に語気でゾーイの胸中を察することはできるらしい。


 手帳を取り出し状況とスペサルティン卿に伝えるべきことを整理する。頁をめくり返し、顔を上げた。


「昨日、リシアの名を出せばいいと言っていたが、この約束を取り付けるときも彼女をだしにしたのか?」


 無数の懸念から一つ尋ねる。


 マイカは首を傾げた。


「勿論です。だって他に話のきっかけがありませんもの」


 第六班の後ろ盾になって欲しいという話に、赤の他人が出てくるのは怪しい。当然スペサルティン卿がそのことを指摘しないはずがない。


 誤魔化すか、マイカの話を噛み砕いて話すか。もっとも後者はゾーイが理解できるとも思えない。異次元の発想だ。


 手帳と硬筆を持ったまま黙する先輩を見て、マイカは不安げに辺りを見回す。


 昼休みの中庭は人目が多い。こちらに投げかけられる視線にはゾーイも気付いている。


「もっと静かなところへ行きますか?」

「ここでいい」

「でも」

「皆気にしていない」


 気にしていない、というのは半分不正解だ。彼らが気にしているのは第六班班員の密談の内容ではなく、迷宮科の二年生と彼の前で萎縮する哀れなマイカの姿だ。


 衆目があった方が良いと、これまでの情報でわかっている。


 学苑の陰などに行ってマイカ以外のものが見えなくなるから、皆おかしくなるのだ。


「何か……お菓子も必要ですよね」


 何もしなくていいと言ったのにも関わらず、マイカは仕事を探そうと躍起になる。シラーなら何か褒め言葉でも言って宥めるのだろうが朴念仁には返す言葉が思いつかなかった。


 それをどう取ったのか、マイカは微笑む。


「放課後、少し時間をください。懇意にしているお店があるんです」


 手土産を見立てるつもりでいたゾーイは断ろうとして、思い直す。頭に血が上り過ぎていたようだ。菓子ぐらいどうでも良い。


「頼む」


 短く返すとマイカは一段と頬を緩めた。


「きっと上手くいきます」


 言い含めるような呟きが溢れる。上手くいかなかった場合の策を練りつつ、ゾーイは皮肉混じりに軽口を叩いた。


「勝算があると言っていたからな」

「はい!勿論不安はありますけど」


 こちらを一層不安にさせるようなことを言うのは勘弁してほしい。手帳の走り書きが歪む。


「リシアを助けたいと伝えたら、明らかに……動じたのです」


 筆を止める。


「助けたい?」

「ええ」


 鈴を転がすような声で小さく囁く。


「リシアが班に入るのなら、第六班を支援することは彼女を助けることになりますよね?」


 女生徒は小首を傾げた。その様が何かを誤魔化すような仕草に見えて、ゾーイもまた囁く。


「助けるって、本当にそういう意味なのか」


 花が散るように、僅かな間唇が噛み含まれる。


 即座に再び笑顔が綻んだ。


「『助ける』に、他の意味なんてありませんよね?」


 珍しく挑発的な口調だった。


 そんな物言いもできるのかと、女生徒を見直しそうになってゾーイは我に返る。


 危ない。


 心中でそう呟いて、誤魔化すように目頭を押さえた。

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