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曰く付きの令嬢

 後輩が待つ教室に向かう。


 迷宮科棟は学年ごとに階が別れている。一年生ばかりが往来する廊下を、素知らぬ顔でゾーイは進む。すれ違う生徒は徽章に気付かないのか目礼もしない。寧ろ、ゾーイの姿が見えていないかのように通り抜けて行く。


 シラーやデーナ、そしてこれから会いに行くマイカ以外の第六班の扱いなど、このようなものだ。普段集団行動を取る時の喧騒を思い返しながら、現在の居心地の良さに浸る。


 もっとも、静かなのも今だけだ。


 教室の出入り口に立ち、中の様子を伺う。


 窓際の席に見知った後輩が腰掛けていた。硝子を通した光も、どこか遠くを見つめる横顔も、頬杖も、絵画のようによく出来ている。シラーと同じ「人種」に有りがちな憂いを帯びたひとときを、容赦なくゾーイは壊した。


「マイカ・グロッシュラー」


 後輩の名をいつもと同じ抑揚で呼ぶ。窓際の少女はこちらを振り向き、同時に関係のない生徒も何人か出入り口を向いた。


「誰」


 そのうちの一人が小さく呟く。しかしすぐに徽章に気付いたのか、小さく会釈をした。律儀に会釈を返して、再びマイカに目を向ける。慌てた様子で荷物をまとめている所だった。


 鞄を肩にかけ、小走りで駆け寄る。


「すみません。迎えに来ていただいて」

「早速だけど、向かうあてを思いつく限り」


 ゾーイが告げた途端、マイカはきょとんとした顔をする。シラー達とは勝手が違う事に思い至って、頬を掻いた。


「……とりあえず学苑の外に」

「はい」


 廊下を歩くゾーイの後を、申し訳なさそうな表情で女学生はついてくる。


 シラーの依頼で調査をするのはよくある事だ。ただそれは大抵、一人で十分な仕事だ。今回の後ろ盾探しにゾーイを同行させた理由は、マイカその人の調査なのだろう。


 正直、同族であるシラーの生態を見ていれば、マイカのことは理解できそうだ。


 それを口に出すはずもなく、粛々と指示に従う。


 まずは、表向きの要件の確認だ。


「もう一度、班長からの指示を確認しよう」

「は、はい」

「後ろ盾を探すのが今回の目的だ。君には心当たりが何人かいると班長から伝え聞いている」

「その心当たりの方々とこれからお話しを?」

「すぐに面会できそうな相手であれば」


 そうは言ったものの、普通はまず打診をする。こう告げたのは牽制だ。案の定少し難しげな顔をしたマイカに発言を促す。


「とりあえず、今は人名を」

「その前に、班員のご家族は既に後ろ盾であると考えても良いのでしょうか?」


 少女の問いに答える。


「第六班班員の家で支援を明言しているのはユークレース家とクルックス家のみだ」

「ああ……」

「君の家も表立っては言ってないだろう」

「そうですね。貴石家の大半は反対の立場を取っているので……父もそれに倣っているのかと」


 ゾーイは思わず眉間に皺を寄せる。


 その顔を見てか、マイカはくすりと微笑んだ。


「娘が迷宮科にいるのにと、思われますでしょう?慎重なのです」


 違う、そうではない。


 自身の家がまだ貴石の一員なのだと思っているのだろうか。


 朗らかな少女に形容し難い思いで見つめる。


 かつて、エラキスには王を輩出する五つの家があった。


 アルマンディン、デマントイド、スペサルティン、パイロープ、そしてグロッシュラー。


 宗主国であるジオードと同様に、当代の王が崩御あるいは退位の意を示すと、五大家の当主のいずれか一人が次代の王となる。表向き当主同士の神前投票で決める事になっているが、実際はほぼ持ち回りのようなものだ。当主に問題が無ければ滞りなく王座は引き継がれる。


 ところがある代で、その順番を変えようとした家があった。おおよそ真っ当な方法ではなかったのだろう。民衆の怒りと五大家の弾劾によって、その家は王を輩出する権利を失った。


 他でもないグロッシュラー家が、廃された王家なのだ。


「どうかなさいましたか」


 令嬢は小首を傾げる。周囲の生徒の目には彼女は儚げな姫君のように映っているのだろう。


 何が、彼女をそう見せるのか。エラキスに名高い美貌と医学専攻の生徒としての姿のみで、聖女とまで祭り上げられるのだろうか。


 それらを更に引き立てる「背景」に、皆惹かれてしまうのだろうとゾーイは考察する。


 そうでもなければ、曰く付きの家の娘に誰が寄りつくのか。


「話を戻そう」


 そう告げて懐から手帳と硬筆を取り出す。


「思い当たる人間の名前を」


 今回の身辺調査はマイカの処遇を決める一因となる。使えるか使えないか。シラーが知りたいのはその一点だけだ。その後の処分も全てシラーの仕事だ。ゾーイは調べるだけでいい。マイカの背景云々に気を取られすぎると、重要な情報を見落としてしまう。


「そうですね、まずは」


 考え込むようにおとがいに指を当て、マイカは口を開く。


「スペサルティン卿はいかがでしょう」


 共通の知り合いがいるんです。


 そう告げた口元が、伸びた指先で一瞬隠れた。桜色の爪の奥で花弁の唇が微笑む。


 その仕草がどうにも第六班班長を思い起こさせ、ゾーイは辟易とした。


 やっぱり同族だ。

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