任務
友人と再び話す機会は、それきり訪れなかった。
始業、そして昼休み前の鐘の音を疎ましく思いながらマイカは席を立つ。既に友人の姿は無い。鐘が鳴るなり風のように去っていったのだ。きっと、普通科の友人と中庭で落ち合っているのだろう。仲が良いことだとマイカは内心寂しく思う。マイカの知るリシアは孤高で、ただ一人自身にだけは心を開いてくれていた。舞台に立つ者として最低限の社交性はあっても、本質的には他者との線引きが明確で自身を曝け出すことはなかった。そんな彼女が普通科の友人を得て、冒険者として本業の組合と馴染むというのは驚くべきことだった。
何が、彼女の心をこじ開けたのだろう。
思いに沈む聖女の肩に誰かが触れる。振り向くと、同輩の少女がぎこちなく笑顔を作って立っていた。
「どうしました?」
「えっと、シラー様が貴女のことを呼んでる」
目で示した先には確かに、第六班の班長が佇んでいた。ごく親しげに片手を振る班長を見て、同輩は手を振り返しかけた。席を立ち、同輩に告げる。
「ありがとうございます」
教室の戸へと向かう。その背後で、先程の同輩と誰かが何か言葉を交わし合っているような気配がした。
「やっぱり、そういう仲なの?」
そんな言葉だけが聞き取れた。肯定や否定の言葉を告げようなどとは一切思い付かず、班長に微笑みかける。
「こんにちは、シラー様。どうしましたか」
「ちょっと班の方針について話したくて」
「あら……もしかして、今日は昼休みに集合する予定でしたか」
「いや、僕が勝手に決めたことさ」
そう言って足を運ぶ。大人しく着いて行くマイカは、内心穏やかでは無い。
班から除名する時、大抵シラーは前もって個人面談を行う。その内容に応じて、まだ使えそうなら猶予を、どうにもならないと判断したなら正式に除名を言い渡す。
力不足だったのだろうか。
これまでの冒険を思い返す。医術専攻の生徒として、全力で尽くしてきた。何か落ち度があるのなら、今後のためにも聞いておきたい。
つまり、思い当たる節はないのだ。
「シラー様」
前を歩く先輩の名を呼ぶ。
「先に要件をお聞きしても?」
「遠征の計画があるだろう?それについてと、君に任せたい仕事があるんだ」
「……」
遠征については以前から計画されていることは知っている。リシアに告げた通り、うまく行ってないことも。それとは別に「任せたい仕事」があるということは、遠征に動員される班員にマイカはいないのだろう。
黙々と考えているうちに、校舎裏へと辿り着く。デマントイド家が管理する森のほとりで、シラーは立ち止まり振り向いた。
「悪いね。教室も人が多いから」
「聞かれたくないこと、なのでしょうか」
「秘密裏にやりたいことでね」
碧眼を細める。その目に宿る光は至って冷徹で、マイカは身を竦める。
迷宮の中で、彼はよくこんな目をしている。それが自身に向けられていることが理解できなかった。
「君も察しがついていると思うけど、遠征の目処は立っていない」
そう告げる声に、どこか焦りを感じた。
珍しい、と目を丸くしている間にシラーは話を続ける。
「僕自身、今の計画には納得がいっていない。こんな状態で講師に伺いを立てても、首を縦には振らないだろう」
更に珍しい事に、弱音染みた言葉を放つ。適当な相槌を打つとシラーは渇いた笑い声をあげた。
「おそらく、今は別のことに注力すべきなんだと思う」
「別のこと?」
「ああ」
目が合う。
なるほど。
「もしかして、それを私に任せてくれるのでしょうか」
「おや。やる気満々かな」
打って変わってシラーは朗らかに微笑む。解けた雰囲気に、マイカもほっと肩の力を抜いた。
「ふふ、どんなお仕事かお聞きしても?」
「そうだね。君にお願いしたいのは、班の後ろ盾探しだ」
抜けた力の代わりに、冷たいものが下りる。
「君の、いやグロッシュラー家の人脈を使えば難しくはないだろう」
再び、シラーの瞳を見つめる。
冷徹だと思っていた眼差しに、今は違うものが混ざっている。
挑発だろうか。
「目星をつけるだけでも構わない。それと勿論、一年生一人だけでやらせようとも思ってないよ。ゾーイと組んでくれ」
どうかな、とシラーは尋ねる。意思表示を確認するのはシラーの癖のようなものだ。断ることなどできないと、わかりきっているくせに。
「ゾーイ様もご一緒に?それなら、安心です」
聖女は微笑む。
「引き受けてくれるかい?」
「はい。思い当たる方は何人か……彼らに声をかければいいのですね」
「既に心当たりが?」
「ええ」
指を組む。
「優しい方々ばかりです」
迷宮科の生徒を「金の卵を産む鳥」と考える人間は多い。支援……投資を望む者はそこかしこにいる。
そうでなくとも、マイカの周りにいる人間は、皆可哀想な令嬢に手を差し伸べてくれるヒトばかりなのだ。
「お任せください」
快諾したというのに、シラーの表情は然程変わらなかった。
むしろ、どこか疑念を深めたような目で、輝かんばかりの聖女のかんばせを見つめていた。




