助手再び
第六班との和やかではない対話の後、女学生二人は水鳥通りへと向かう。アキラの自宅で長期探索用の荷造りを教えるためだ。あらかじめ確認したところ、旅行用の背嚢があるとのことなので今回はそれを用いることにする。
「旅行はよく行くの?」
背嚢について聞いた流れでアキラに尋ねる。友人は小さく首を横に振った。
「覚えてる限り、エラキスを出たことがない。生まれた時からずっとここ」
「あれっ、そうなんだ。伯母様がいらっしゃるジオードにも?」
「うん」
意外だ。生まれも育ちも生粋のエラキス民だったとは。異国の血が入った外見から、てっきりジオードどころか大陸から渡ってきたとばかり思っていた。
「伯母様もエラキス生まれ?」
「うん。曾祖父の代でエラキスに来たって聞いた」
「へえ……」
「カルセドニーは曾祖母の家の名前」
と言うことは、彼女の曾祖父は東方の名を持っていたのだろう。友人の来歴を僅かばかり窺い見て、リシアは思いを馳せる。東方から渡りきた青年が、小さな街で恋に落ちた……などというのは単純すぎる妄想だろうか。
「鞄は父のもの」
続く言葉で話題が返ってきた。なるほど、と頷きながらはたと気がつく。
もしかしたら、出してはいけない話題だったのかもしれない。
ごめんとも言えず返答に悩むリシアの隣で、アキラは淡々と告げる。
「昔はいろんなところに行ってたんだって。私が生まれてからはずっとエラキスだったみたいだけど」
そう言う横顔は、悲しげではなかった。
少しだけ安堵してリシアは口を開く。
「お父様のこと、好き?」
「うん。リシアも好きだよね、リシアのお父さんのこと」
「そりゃあ、好きよ。家族だもの」
「よくお話するし」
「そ、そんなに話題に出してる?」
他愛もない会話に変貌する。語らいと共に水路を辿り、いつの間にか見慣れた集合住宅へと至る。
その昇降口の前に立つ人影を見て、女学生二人は同時に声をあげた。
「あ」
二人の姿が目に入ったのか、青年は手を振る。
「アキラ、リシアちゃん!この間振りね」
薄く紅を差した唇が弧を描いた。
「アガタさん」
「今日来たんだ」
「そうなのよお。教授の代わりに迷宮に行くの」
互いに歩み寄り声を掛け合う。予想通りの返答にアキラと頷くと、アガタは首を傾げた。
「え、なになに?」
「その迷宮へ行く用事、結構規模が大きいのでは」
「そうねえ、碩学院の各部で合同調査団を作るぐらいだし。エラキスで冒険者へ護衛の依頼も出すって……」
そこまで告げて、青年は口を開けたまましばらく止まる。
「そういうことね。で、でも、大丈夫?だって前線に行くのよ?」
「これまでの経験を鑑みて、二人で決めました。勿論準備は怠りません」
無理もない。
尚も不安げなアガタを見て、リシアは一人納得する。
「伯母様の言葉、忘れたりはしません」
そう告げても、アガタの表情はさほど変わらなかった。少しだけ口を引き結び、言葉を探すように黙する。
数拍後、微笑んだ。
「そうね。きっと大丈夫。それじゃあ迷宮でもよろしくね」
軽く手を叩き合わせる。重たい空気が一瞬にして消え去り、アガタは明るく声を張った。
「今からまた何処かに行くの?」
「えっと、これからアキラの家で準備をしようと」
「あら!それならちょうど良かった。少しだけ時間をくれる?お土産あるのよー、ちょっと買い過ぎちゃったから、リシアちゃんにもあげる!」
肩にかけた旅行鞄を下ろし、留金を開く。中から覗く洗練された包装と洒落た小物入れに目を取られ、リシアも少し屈む。
「はい。つまらないものですが」
「いえいえ!ありがとうございます」
恭しく受け取る。包装紙越しの硬い感触からするに、小物入れにも使えそうな缶入りの菓子だ。ジオードの名物と言えば、華やかな生菓子以外だと日持ちのする卵白の焼き菓子か。口の中で溶ける感覚を思い出して、リシアは嬉しくなる。
「もし良ければ、一つ開けてお茶にする?ちょっと台所借りて」
アガタの提案に、リシアはアキラの方を向く。家主たる少女は当然のように頷いた。アガタも想定の範囲内だったのか、浮き足だったまま更に菓子を取り出す。
「あと、これは大家さんの分。私がお邪魔しても大丈夫かしら?」
「あー、私が持ってく」
「お願いしていい?アキラ」
申し訳なさそうに告げてアガタは缶をもう一つ差し出す。それを受け取りながらアキラは尋ねる。
「家に泊まる?」
その言葉にぎょっとしたのは、リシアだけではなかったようだ。
「……ほーんと、教授そっくり!」
腰に手を当て、呆れたように助手は呟いた。
「リシアちゃんと一緒に私も出ていきます。もう、心配だわ。他に家にいれてないわよね?」
「知らない人はいれない」
「知らない人じゃなくても異性は警戒してね」
麗人から野太いため息が出る。
「リシアちゃんはその辺りしっかりしてそうな子で良かったわ。アキラが変な事してたら、叱ってあげてね?」
保護者扱いか。
班長なのだから、当たらずといえども遠からずかもしれない。苦笑いを浮かべる。
一方のアキラは事を理解しているのかどうかもわからない、いつもの無表情だった。




