買い物
忘れないうちに、ということで明日の放課後に寝袋を買いに行こうと決まったのが昨日の帰り間際。
そして今、リシアとアキラは制服通りを歩いていた。
「前の、罠買ったところ?」
「あそことはまた別の場所。迷宮科が出来る前から寝具屋として長い間商売をしているところなの。近くの店で食器とかも売ってるから、色々買い揃えましょ」
そう告げて、無数にある路地の一つに入る。前回の罠屋とさして変わらない店構えの商店が建ち並ぶ。その内の一軒、軒先に鳥の足のような飾りの下がった店の前に辿り着く。知り合いのハルピュイアが見たら怒涛の文句を告げそうな飾りを見上げ、アキラは呟く。
「なるほど、羽毛」
「私達が手を出せるのはいいとこ木綿だろうけどね」
念の為釘を刺して店に入る。小柄な老婦人が勘定台の向こうで会釈をした。
「学生さん?」
気軽い問いに頷く。しわくちゃの右手が手招くように動いた。
「寝袋よね」
「はい」
「寝袋はね、店頭には置いてないの」
「そうなんですか」
「みんながポンポン叩いていくから」
そう言いながら、足元から筒状に丸められた寝袋を引き出す。筒を縛る留金を外すと一回りほど体積が増した。
「これ羽毛ね」
「……お値段は」
「高いわよお」
「えっと、予算がありまして」
高級そうな寝袋ばかりを出してきそうな気がして、慌ててリシアは交渉に入る。
「綿もあるわよ。モメンとキワタ、どっちがお好き?」
「どう違うんだっけ」
「キワタは聞いたことないかも」
「モメンは実で、キワタは……あら、どっちも実ねえ!」
「それ以外だと、何がありますか?」
「安いのだとシダ混も十分暖かいわね。羊毛もおすすめよお」
次々と見本品が出てくる。最初の羽毛布団以外は、提示した予算内の品を出してくれているようだ。しかし、思ったよりも選択がある。
「勿論毛布もあるし、硬派に筵なんてのもどうかしら」
「大きさとか形はどんなのがありますか」
アキラの問いに、店主は更に三つ、筒を置く。
「封筒型が多いけど、こっちは人形型。こっちは一枚布。そして新作の逃げられる寝袋」
「逃げられる寝袋」
食いついたアキラを慌てて諌める。
「普通のがいいと思う」
「でも、機能性とか」
「試着してみる?」
暫しの問答の後、アキラはリシアの意見を汲んで封筒型の寝袋を選んだ。「試着」の甲斐あって、綿材は安価なシダ混でも十分だと判断できたようだった。
「枕もあるけど……他の子達は着替えを布に包んだりして代用してるみたい」
会計を済ませ、釣銭を手渡しながら店主は微笑む。
「必要になったらまた来てね」
手を振る店主に送り出され、寝具店を後にする。
二、三軒店先を通り過ぎ、雑貨を取り揃えた店に入る。今回は弁当が支給されるらしいが、最低限食器は用意した方が良いだろう。冒険者向けの袋一つに纏められる食器類を眺めていると、アキラが声をかける。
「ここ、箸がある」
「ハシ?」
友人の手元に目を向けると、二本の棒がかちりと音を立てた。異国通りの屋台で見かけたような記憶がある。その時は、こんな道具もあるのかと関心を持ったのだ。
「東の食器?」
「うん。家でも使ってる……おばちゃんが昔買ってきたやつ」
箸を眺めるアキラの横で、ちらりとリシアは箸の価格を確認する。
予算内。
「その、ハシも買う?」
アキラは目を丸くする。
「いいの?」
「使い慣れてるんでしょ。お金は心配しなくていい」
出来るだけ堂々と告げる。手元の箸とリシアに交互に視線を向け、アキラは頷いた。
「ありがとう。じゃあ、これも」
食器を一揃いと箸を購入する。雑貨屋の紙袋と寝袋を抱える少女の横顔を見上げると、どことなく喜色が滲んでいた。
細い路地から制服通りに戻り来る。斜陽のさす通りの境目で、今一度二人は立ち止まった。
「他に買うものは無いかな。応急手当用の薬剤は私が二人分用意出来るし、武器や防具も揃えたし」
まだ日はある。直前はともかく、思い出したら準備はできるだろう。その前に講師に書類も提出しなければ。
明日以降の仕事を考えるリシアの隣で、アキラが誰かに気付いたのか会釈をした。
「これから迷宮かい?」
涼やかな声を聞き、リシアは振り向く。
そう言う本人達も迷宮へ向かうのだろうか。シラー率いる第六班探索組の一行が、こちらへと歩いてくる。背後にはひらひらと手を振る副班長の姿も見える。だが、二人の他は見知った顔では無い。
観察するような視線を感じて、リシアは居心地悪く一礼をした。
「いえ、今日は買い物を」
「買い物。もしかして、君の寝袋?」
リシアの答えを聞いて、シラーは尋ねる。少しだけ警戒した様子でアキラは頷いた。
「はい」
「へえ。それはまた気合が入ってるね。遠征にでも行くみたいだ」
「遠征になるんでしょうか。前線で一泊するんです」
なんともなしにリシアが告げると、シラーも含めた第六班一行の雰囲気が変わった。
「……もしかして、調査員送迎の依頼?」
「はい」
なるほど、とシラーは呟いたきり口を閉ざす。何か思案しているような面持ちを見て、リシアの胸の内が騒つく。
「少し急ぎ過ぎなんじゃないかな」
やっと開いた口から出てきた台詞に、一瞬言葉を失う。
「僕もあの依頼には目を通したけど、ちゃんとした遠征だよ。だからこそ、準備は勿論、これまでの経験も鑑みた方がいいと思う」
やめた方がいい、と言うわけではないけど。
そう最後に取ってつけられては、そうとしか聞こえないではないか。
沈黙するリシアの腹の底から、これまでシラーに抱いたことのない感情が湧き上がってくる。
「その経験を積むために、決めたことです。全力で挑みます」
次の瞬間にはそう告げていた。
ほんの僅かな合間、シラーの眼差しが冷たさを帯びる。しかしすぐに元の陽だまりのような微笑みを浮かべた。
「そうか……応援しているよ」
その言葉を最後に、一行は迷宮へと再び歩き出す。
後に残された女学生二人はしばらく立ち尽くす。
「リシア」
アキラがまず口を開いた。
「依頼、頑張ろう」
宣誓だろうか。その言葉に力強く、リシアは同意を示した。




