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憐れみ

 迷宮探索は順調に進んでいる。


 そう言ったのが何時も都合のいいことばかり言う伯爵である事は大いに気がかりだが、これが公式見解なのだから女公爵は信じる他ない。利益や被害についてはのらりくらりと躱され、呆れて話を切り上げた。


「それで、学苑の運営については……」

「今は考えておりません。デマントイド卿か、それこそ王府から直々に打診があるのであれば話は別ですが」


 出された花茶を一口含む。杯の向こうで、伯爵の隣に掛けた衛兵長が所在なさげに身を縮こめている。彼も中途半端に迷宮と関わっているばかりに、貴族同士の探り合いに巻き込まれるとは不憫なことだ。


「運営なんて耳障りの良い。目的は支援でしょう」

「そ、それは」

「私が関わることができる範囲もたかが知れています。規則を変えたり、あの冒険者崩れの首を刎ねたり……そのようなこと、王が了承するとも思えません」


 当然ながら「首を刎ねる」の意味合いは昔とは異なる。それでも、伯爵を萎縮させるには十分な威厳を女公爵の言葉は持っていた。


「アンナベルグ氏は王の懇請で学苑に居りますから。若くして大陸の名だたる迷宮を踏破し」

「若くしてあのような体になってしまった。その能力を私は疑問視しています」


 そう告げると伯爵は肩を落とし、衛兵長はやおら身を乗り出した。


「アンナベルグの起用を不安視している者は多いとか。貴女の一声で席から下ろすことも可能でしょう」


 衛兵長の目には妙な光が宿っている。他でもない彼自身が、アンナベルグの台頭を危惧する者なのだろう。


 衛兵長は女公爵が迷宮科講師を好ましく思っていないという一点に親近感を覚えたようだが、生憎馴れ合うつもりはない。そも、彼とは目指すところが違うのだ。


「……王はいつまで冒険者ごっこに興じるつもりなのでしょうね」


 呟いた言葉に、あからさまに伯爵は狼狽えた。他に聞いている者もいないだろうに。いや、女公爵としては当本人の耳に入るのは望むところなのだが。


「時代の潮流なのです。今乗り遅れると、他の国々から大きく引き離されてしまいます」

「どうせ手に入った物は碩学院に渡るのでしょう?我々の元に残るのは、碩学院から再分配された技術だけ。それなら直接掛け合えば良いではありませんか。国を挙げて、子供達を危険な目に合わせて……」


 そうもいかないことぐらいはわかっている。碩学院は技術を出し惜しみするような場所ではないが、取引は心得ている。こちらも身を削る必要が多少はあるのだ。


 だが、そうやって実際に犠牲となっているのは子供だ。


「衛兵長。迷宮に関して何か思うところは」


 冷たく尋ねる。虚を突かれたような表情で衛兵は辿々しく答えた。


「私は、王府の意向に従うまでです。ただ部外者が中枢で幅を利かせているのはどうかと」


 存外つまらない理由のようだ。女公爵は花茶で口を湿らせる。


「内製化は王府も目指しているのでしょう。それこそ、衛兵を使えば良いのでは?既にそのような集積はあるかと思っていましたが」


 白々しくそう告げる。衛兵長は一瞬目を泳がせ、観念したように頷いた。


「迷宮科の学生ほどではありませんが、ある程度技術は学んでおります」

「迷宮に赴いたことは」

「何度か……学苑の関係で」


 引率や緊急の事態ならともかく、冒険者の真似事は衛兵の仕事ではない。あくまでそういう立場なのだろう。


 あの王を知りながら何故、そのような心持ちでいられるのか。半ば呆れながら目を伏せる。「使えるモノは使わなくては」と公言して憚らない人間だというのに。


「改めて申し上げますが、私は今の方針に賛同しかねます。次の会でもその立場は変わりません」

「しかし」


 伯爵を射すくめる。


 女公爵の発言で流れが変わることもある。それを承知しているからこそ、このような談合じみた場を設けたのだろう。


 だが彼のように、漫然と迷宮産業を推し進めることなど出来るはずがない。


「王のやり方は、ご子息を人質に取っているようなものです」


 訴えかける。


 萎縮したまま、伯爵は他人事のように薄ら笑いを浮かべた。


「あれはよく出来た子です。家のことを考えて、望んで迷宮科に入ったのですよ」


 望んで、か。


 伯爵家の事情はある程度知っている。後継は問題なく、母親の違う次男がいる。迷宮科に在籍しているのはその次男だ。


 後継以外の厄介払いも兼ねた投資だとすれば、乗り気になる家も多いだろう。迷宮科の援助をしたところで「親」の懐に収まるのが容易に想像できる。


 ともかくこの男には訴えかけられるような良心も無いのだろう。杯を置き、席を立つ。


 何事か言い出した伯爵に形ばかりの礼を返し、部屋を出る。冷たい石造りの回廊を歩く中、脳裏を過ったのは子爵の顔だった。


 彼もまた、伯爵と同じ思惑で娘を送り出したのか。


 目を伏せる。そんな人間ではないと、よくわかっている。


 続いて子爵令嬢の顔が過ぎる。つい先程出会ったばかりの、こちらを見て気不味げにしている表情。子爵に似たところと母に似たところが混じり合った面立ち。


 判断の妨げだ。そう考えて、女公爵は二人の顔を掻き消した。


 事業を反対する理由はいくつもある。その中でも最も合理的で、反論の余地のない理由を全面に出して糾弾すべきだ。


 「可哀想」だなんて、それこそつまらない理由だと王は笑うのだろう。

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