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 予定の確認は滞りなく終わった。最大の懸念であったアキラの都合も、学苑の休日前に出発する事で時間を取ることが出来た。


 リシア達迷宮科は迷宮に入ることが学業なのだから、申請を出せば講義より優先することが出来る。ただ、普通科のアキラはそうもいかない。念を押すように確認し、直近のアキラの予定を手帳に書き留める。


「時間割とかあったら使う?」

「頂戴。こっちのも渡すから」


 そんな学生同士のやり取りを、興味津々な様子でケインは見つめる。


「学生ってこんな感じなのかあ」


 唐突に他二人に会話を振る。


「君ら学生の経験は?」

「僕ちっちゃい頃の手習いぐらいしかないよ」

「同様です」

「おや、修道院は近いと思っていたが」

「神学校とはまた異なりますから」

「そうなのか。じゃあ手習いは誰から?」

「近所の教師崩れ」

「家族が教えてくれました」

「ケインはどうなの」

「私は……神官、みたいな人から。あ、ウゴウからも色々教えてもらったな」

「やっぱり仲良いじゃん。何教えてもらったの」

「言葉遣いとか」


 ちょっと興味深い話が聞こえる。続く会話に聞き耳を立てようとして、隣のアキラがそれ以上に夜干舎を食い入るように見つめているのが目に入ってたじろぐ。


 ぴんとケインが耳を立て、女学生に向き直った。


「改めて共有しようか」


 代表の一声で、その場にいた者は意識を切り替える。


「往復で一泊二日。翌日の正午にはエラキスに戻って来れる道程だ」


 依頼書と私物の地図を元にケインは説明する。ほぼ一本道の地図を横目に覗き見て、リシアは相槌を打った。


「ちなみに食事は支給されるみたいだ。太っ腹だな」

「じゃあ今回は弁当無しか」


 ハロが首を竦める後ろで、簾が巻き上がる。


「軽食を頼まれてる」

「え、人手足りるの?」


 心配とも取れる言葉を放つハルピュイアと共に振り向くと、既に簾は下がっていた。卓の上に何種類かおかずを盛り合わせた小皿が残っている。


「一箇所だけなわけはあるまい」

「手当たり次第声をかけられてるってわけね」

「割と実入はいいが、うん、勝手が違う。あとついて行くわけではないからな」


 ため息のような呼吸音が簾の向こうから聞こえてくる。


「ここの弁当が当たるかもしれないな」

「そうだな。味見がてらつまんでくれ」

「お、いいのかい?なら遠慮なく」


 早速、茶色く煮込まれた肉を一切れセリアンスロープはつまむ。表情を見るに、申し分ない味なのだろう。隣のアキラも既に手を伸ばしている。これは急がなければ。


「いただきます」


 同じく肉を一切れ頬張る。想像通りの味の後に、浮蓮亭らしい香味が抜けた。


 タダだよね、という確認の後にハロも肉をつまんだ。


「食事を頼まれるなんて凄いことだよ。実は私達が知らない間に営業してたのかい」

「まさか。学苑指定だから優先的に声をかけられているのかと考えているがね」


 学苑の名簿に載っているのなら、役所に同じものが出回っている可能性も高い。仕事が回ってくるのなら好都合だとリシアは思ったが、店主の声音を聞く限りそうとも限らないようだ。


「他の店は弁当ではなく、設備を持ち込んでその場で作るところもあるようだ」

「まあ、基本食事って温かいものだからね」


 甘辛い炒り豆を頬張りながらハロは呟く。依頼書の文面から読み取れる以上に、この依頼は規模が大きいようだ。冒険者だけではなく集会所の料理人も動員されているとは。


 改めて依頼書に目を通す。「調査員」ということは、碩学院も噛んでいる。ならばこの規模も当然か。


「もしかして、アガタさんが来るのって」


 ふと思いついたことをアキラに確認する。友人も同じ考えに至っていたのか、頷いた。


「家帰ったらもう一回手紙見直す」


 女学生二人の会話を聞いて、セリアンスロープは耳を忙しなく動かす。


「シノブ教授が関わってるのかい?」

「アガタさん……以前同席していた助手がエラキスに来るんです。まだ詳しい理由はわからないですけど、調査とだけ」


 アキラが答える。依頼内容の「調査員の送迎」との繋がりを考えるのも、当然だろう。


「前線に行く調査か」

「なかなかの貧乏くじじゃん?」

「こら」


 嗤うハロを代表はたしなめる。


 貧乏くじとは思わないが、前回アガタ達がエラキスに来た時の用件も含めてリシアは意外に感じた。想像よりも工学の現地調査は多いようだ。


「工学と野外調査って、しっくり来ないかも」

「実地視察は大事っておばちゃんも言ってた」


 その実地に単身送り出されるということは、ある意味目をかけられているのかもしれない。それが有難いことなのかリシアにはわかりかねないが。


「軌道絡みでしょうか」

「そうじゃないかな。国を挙げての一大事業だ、調査団も組まれるわけだよ」


 そして声を顰め、にんまりとケインは目を細める。


「ほら、盛り上がっているだろう?」


 確かに。


 多くの冒険者にとっては、これからが稼ぎ時なのだろう。肉片をもう一枚つまみ、リシアは神妙に頷く。


 この盛り上がりの行先がどうなるのか。泡のように霧散するのだけは、勘弁してほしいと心底思った。

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