下調べと誘い
浮蓮亭の戸を開ける。
「おや、女学生」
セリアンスロープの声が出迎える。続いて、フェアリーの会釈。
「こんばんは」
アキラと共に挨拶を返して席を探す。横目でハルピュイアが定席にいるのを確認して、奥の卓に着いた。
「いらっしゃい」
しゃがれ声とともに簾が巻き上がり、杯が二つ出てくる。いつもの事ながら準備が早い。有り難く水をいただく。
一息ついた後、夜干舎に向かう。
「今日は皆さん揃っているんですね」
「ああ。予定を確認しようと思ってね」
ケインの返事を聞いてリシアは少し悩む。相談をする暇はあるのだろうか。
その悩みもケインが手にした依頼書を目にして霧散する。
「あ、その依頼」
アキラとほぼ同時に声を上げる。ケインは目を丸くして、女学生二人と依頼書を何処か大袈裟な仕草で見比べた。
「どうしたんだ。もしかして、そちらも同じ依頼を受けるとか?」
「えっと、そう、そうなんです」
これ幸いと依頼書を出す。改めて目を通すと確かに同じ内容だ。
しげしげと眺めるケインの後ろで、ハルピュイアが口を開く。
「討伐から鞍替えするの?」
以前バサルトと話していたことを前置いてか、ハルピュイアは揶揄う。素知らぬ顔で頷く。
「色々試すの」
そう言いつつ、横目でケインの様子をうかがう。ほんの僅かな間の沈黙が心臓に悪い。粘度のある一時、考え込むわけでもなくケインは依頼書を返した。
「なんとなく、学生は長丁場の依頼を受けられないと思っていたよ」
「あらかじめ学苑に伝えたら受けられます。必要な単位でもあるし」
「単位。なるほど、そんな感じなのか」
腕を組み、セリアンスロープは関心を見せる。
否定の言葉はなかった。安堵の後、そもそも質問すらしていないことに気付いてリシアは恥じる。
「初めてなので不安です」
素直にそう告げる。当然とでも言うように、夜干舎一同は頷いた。
「だよねぇ」
「私も最初は不安でした。休憩所も多くは迷宮の中ですから」
「当たり前だけど居心地は良くないよ。騒がしいし」
三者の言葉を首を縦に振りながら聞く。こういう話を聞きたかったのだ。
「前線は設備が整ってる方だが、ちょっと寂れたところはね」
「廃墟みたいな休憩所もあるよね。下手したらネズミの巣になってる」
「寝袋などは持っていますか」
セリアンスロープとハルピュイアが思い出深そうに言う合間、フェアリーが尋ねる。
「はい。最低限の装備ということで、最初に学苑から支給されました」
は、と気付いてアキラの方を向く。
「持ってる?」
「持ってない」
「じゃあ、活動費で買おう」
アキラの目が輝いた。以前、休憩所跡に興味を持っていたことを思い出す。確かに遠征は如何にも「冒険」らしい。
ふと疑問が浮かぶ。
「でも、休憩所で寝袋って必要なんですか?」
リシアの質問にハロが大袈裟なため息を返した。
「寝台付きの個室に泊まる気?」
「てっきりそういうものだと」
ということは、違うわけだ。
「勿論そういう部屋もある。ただ、大多数の冒険者は相部屋で雑魚寝かな。安上がりだし」
相部屋。雑魚寝。
環境を想像しつつ、なんとか納得する。これが冒険者という職業だ。
「君らお嬢様方は、雑魚寝とか耐えられるの?」
「慣れます」
贅沢は言ってられないことぐらいわかっている。
むっとした表情で返事をする。その様を見て宥めるようにケインが口を開いた。
「そっちのほうが安全なんだ。周囲の目があるから」
「と言っても盗みなんかはよくあるよ。大体すぐにバレて袋叩きにされてるけど」
「大多数の良心で、ある程度は治安が保たれています。勿論用心するに越したことはありません」
私刑が横行しているのはともかく、最初に想像したほど治安が悪いわけではなさそうだ。
それでもなお不安げな女学生に、セリアンスロープは微笑みかける。
「この依頼を受けるのは決まっているんだね」
アキラと目を合わせ、頷く。
「はい」
「なるほど。それなら、私達と行動するかい?」
え、と何人か声をあげた。
「僕らがお世話?そんな暇ないよ」
不満げにハルピュイアは口を尖らせる。
「一から十までではないさ。移動中はそれぞれの役割があるからね。でも、休憩所内で一緒に行動するくらいは良いだろう?」
ケインは肩を竦める。
「ライサンダーは」
「私は賛成です。見知った顔で固まった方が安全でしょうし」
多数決で方針は決まったようだ。劣勢のハロはしばらく眉間に皺を寄せて唸り、折れたのかため息をついた。
「文句言ったりしないでよね」
「もちろん!」
リシアは声を張る。夜干舎の面々を見渡し、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。その、迷惑はかけないよう頑張ります」
「お、それじゃあよろしくね」
銀細工と紋様が煌めく手が差し出される。その手をしっかりとリシアは握った。
握手の後、アキラの様子を伺う。いつもより生き生きとした表情だ。こちらは微塵の不安もないのだろう。楽しみでしょうがない、そんな様子だ。
幸い準備期間も費用もある。まずは夜干舎と相談、それからアキラの寝具を揃えよう。




