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第三通路(1)

時計台の前でリシアは佇む。腰には長剣、服装はいつもと同じ迷宮科仕様の制服。待ち合わせの時刻までは余裕がある。


内心、リシアは不安でいっぱいだった。昨日は興奮してしまって、冷静な判断を下すことが出来なかった。今考えてみれば迷宮に関する知識も経験もない少女と探索なんて、危険すぎる。しかし後には引けない。何とかアキラを連れて課題をこなさなければ。


思い詰めるあまりか、険しい顔つきになる。鋭い目つきで周囲を見回すと、ふと視界に見覚えのある赤ジャージ姿が入った。赤ジャージは人混みを悠々と歩き、リシアに近づいて来る。


見紛うはずもない。アキラだ。


先日と同じ目にも眩しい赤ジャージを身につけ、孔球用のクラブを携えている。公衆の奇異の視線も露知らず、アキラはリシアを見つけたのか片手を挙げ、


「ごめん、待たせた?」

「ちょっときみ…他に服は無かったの」

「動きやすくて丈夫な服っていうと、これしか思い浮かばなくて」


「動きやすくて丈夫な服と、武器になりそうなもの」を持ってくることが昨日リシアが出した指示であった。確かに赤ジャージは運動用に作られた服であるから、動きやすいし丈夫だ。だからと言って、いや、その判断は正しい。けれども…。おおよそ年頃の少女には思えない風体の彼女に、非難の声でも掛けようとしたが、なかなか出てこない。後頭部で無造作に纏めた髪、目の詰まった布地の靴。遠足か運動会なら完璧とも言える服装ではある。


「まあ、悪くない服装だとは思う」

「そっちは制服でいいの?汚れない?」

「迷宮科の制服は特別製なの。土汚れにも水にも魔法にも強い」


リシアは校章のピンズがついた襟元を軽く叩く。へえ、とアキラは感心したように声を洩らし、


「これから行くとこは、魔法の罠とかもあるの?」

「あ、いえ、それは…ないと思うけど」


言葉を濁すリシア。しかしアキラはあまり気にしなかったようだ。真顔に反して好奇心で輝く目をきょろきょろと動かす。


「人がいっぱいだ」

「当たり前でしょ。この辺りで一番大きな駅なんだから」


この辺りどころか、恐らく国内最大の迷宮拠点である。王都のほぼ中央に位置する太古の遺跡を修繕して作られた巨大駅エラキス。迷宮の窓口である其処には、世界中の冒険者が集う。当然人口密集地である。


「今日は取り敢えず、浅いところを探索しよう。慣れてほしいし」

「気遣いありがとう」

「武器は、それでいいの」


念の為にリシアは聞く。事前に勧めた武器は長柄の槍様のものだった。今アキラが手にしているクラブは確かに長柄で、年に三件ほどこれが凶器の殺人事件が起こる程度には殺傷力もある。だが少々、迷宮に潜る際の武器としては変わり種である。


「うん。友達が孔球部で、備品を貸してくれた」

「…」


まさか学苑の備品なのか。まあ、部員の承諾も得ているようだしリシアも細かいことを気にするような質ではない。


「それじゃ、迷宮に潜る準備はいい?」

「あ、待って。ちょっと売店寄っていい?」


懐から財布を出し、足早にアキラは近くの売店に入る。数分ほど店内で逡巡する姿が見え、その後、会計を済ませて出てきた。


手にはしっかりと、高カロリーそうな棒菓子が数本握られている。


「…遠足じゃないんだから!」

「本には腹が減った時につまむものも必要って、あったから」


菓子と財布を懐に詰め込み、ジャージの上からぽんぽんと叩く。確かに迷宮探索に食糧は必要だが、今日はそう何時間も篭るわけではない。


まったく。


小さく吐き捨て、リシアは迷宮へ降りる階段に向かう。後からてくてくとアキラが追いかけてくる。


世界の根本とも呼ばれるエラキス駅からは四方八方に地下通路が伸びている。その通路を開拓していき、新たな旧世界の遺跡、遺物を発見する…それが多くの職業冒険者の生業である。今現在、全てが踏破されたという通路は三つ。今回向かう第三通路は全てが隈なく解明された、踏破済みの通路だ。つまり初心者の練習、学苑生徒の課外教習には丁度いいのである。


幅の広い、遥か地の奥底まで続く階段を降りて行く。灯や手摺が備え付けられある程度整備はされているが、既に殆どが掘り尽くされた通路のせいか、ここ最近通った者はいないようだった。足跡が無いのだ。


「しばらく、誰もここには潜ってないみたい」

「そうなんだ。他はもっと冒険者がいたりするの?」

「そうだね。踏破中の第五通路とかは、だいたい中継地点を三つ超える辺りまでは隣に冒険者がいるのは当たり前みたい」


だがその中継地点を超えると、または横道に逸れると、そこからは魔境である。


灯もろくに着いていない未踏地ばかりだ。


「…緊張してる?」

「うん」


リシアの問いにアキラは答える。即答する辺り、緊張はそれほどしていないのだろう。どうも気抜けする子だ。リシアは腰に携えた剣の柄を握る。いざとなったら、リシアがこのぼんやりとした女生徒を守らなければならない。


高さのある広い空間に降り立つ。最終チェックのため、リシアは鞘から剣をすらりと抜いた。


「…その剣、“炉”付き?」


アキラの問い。ええ、と刀身と炉に曇りが無いか確かめながらリシアは素っ気なく答えた。リシアの生家、スフェーン家に伝わる逸品である、火の魔力を帯びた長剣。ウィンドミルと銘打たれた白銀の刀身と深紅の『炉』を持つ剣を丁寧に鞘に納める。武器に異常は無し。この剣も元は迷宮の発掘品だという。先祖も迷宮に潜ったのだろうか。リシアは想いを馳せる。


額、顎、胸元に順に手をかざし、安全を祈る。簡単な儀式だ。これで探索前の準備は完璧。


「…行きましょうか、アキラ」


一連の行動を傍で見ていたアキラは頷き、リシアに続いて一段下がった通路に降りる。


明かりは灯ってはいるが乏しく、十メートル先は闇、闇、闇。いつ見ても慣れない迷宮の異相に、リシアは少し身震いする。


「ん」


小さく、アキラが声を出した。複数人の足音。先ほど降りてきた階段からだ。リシアが振り向くと、そこには今一番見たくない顔があった。


「…あっれ、リシアじゃないか。最近よく会うね」

「え。もしかして一人で迷宮入ってんの?」


階段を降りてきたのは迷宮科の生徒だった。三人組の一人、痩せぎすな男子生徒のそばかすの浮いた顔からリシアは目をそらす。昨日一昨日とこの男子生徒には散々な目にあわされている。


男子生徒は何が面白いのかにやけ面を晒していたが、リシアの隣に佇むアキラの姿を見て、怖気づいたように表情を消す。


「…そいつ、迷宮科だったの?」

「えっ、あー…うん…」


リシアは思考を巡らせる。ここはアキラを迷宮科の生徒としておくのが良いだろう。


「普通科のジャージじゃん」


痩せぎすの男子の背後で佇んでいた太めの女子が指摘する。リシアの思考が停止し、


「これ、普通科に通ってた親戚のお下がりなんだ。普段授業で使うジャージや制服は汚せないし」


即座にアキラが返答する。尤もらしいその言葉に、少なくとも太めの女子と大柄な男子は納得したようだった。


「ふうん。ま、何はともあれ新しいオトモダチが出来たようで良かったんじゃないか」


再び男子生徒はにやける。悪意のこもった物言いだった。リシアは眉をひそめ、歩き出す。


「すぐに見捨てられないようにな」


男子生徒一行の下品な笑い声が通路に響く。耳を塞ぎそうになりながら、リシアは早足で通路を進む。その後をアキラも無言でついて行く。


「…ここから、裂け道に入ろう。奥にハッカの群生地がある」


三人組から十分に離れたところで、通路端の裂け目に半身をねじ込む。中はそこそこ広い空間が広がり、かつてはここも、通路の一つだったことを示している。


「ほら、早く」

「うん…」


少し窮屈そうにアキラは細い裂け目から入ってきた。ほんの少し嫉妬を感じながらリシアはアキラの腕を引っ張る。


「…あ、広い」

「こんな小通路がいくつもあるの。短いし、大体一本道だから、初心者でも安心でしょ」

「…ありがと」


なぜ感謝されるのかがよくわからなかったが、どういたしまして、と返す。


「…さっきの、話合わせてくれてありがとう」


リシアは小声で礼を述べた。ぼんやりとした女子とばかり思っていたが、なかなか機転が回る。


「ああ…うん」


さくさくと岩の破片や苔を踏みしめ奥に向かう。先程の通路よりも更に離れた間隔で灯された明かりが、絶妙な不気味さを演出する。

双方、沈黙。


「迷宮で手に入る素材には有用なものが沢山ある」


…あまりにも、静寂が耳に痛かった。気を紛らわすため、リシアは今回の課題に関する事柄を話す。迷宮初心者のアキラと行動することを考えて、課題は簡単な採取系のものにした。

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