異質(2)
「……」
掲示板を眺めるも、全く内容が頭に入ってこない。隣に気を張りながら依頼書を何枚か取る。
「結構、依頼あるね」
気を紛らわせるようにアキラに告げる。アキラは頷いて、じっくりと掲示板を見つめる。
「採集以外だよね」
「うん」
会話しつつ、内心焦る。貴婦人が中々その場を離れないからだ。掲示板に用があるとも思えないのに。
気にするのをやめよう。意識を切り替えるように再度掲示板を見上げる。先日と同じ文面の中に、何枚か初見の内容があった。手元の依頼書と見比べる。
「調査員の送迎」
端的な依頼内容を復唱する。アキラも同じものを見つけたのか、一点を指さした。
「これ、探してるのに近いんじゃないかな」
「思った?護衛ほど危険地帯に行くわけでもなさそう……」
そう言いつつ文面をなぞると「前線」という文字に行き当たった。う、と言葉を飲む。
「む……」
「前線か」
アキラもどこか難しげな表情になる。
前線に関する情報は、学苑でも一応は出回る。地図は編纂中、危険生物が彷徨く、地盤が不安定、瓦斯溜まりが発生……どれもこれも迷宮内なら何処でも起こりうることではある。それでも情報の羅列は学生に二の足を踏ませるには十分な威圧を放っているのだ。
いやでも。
「ちょっとこれ、考えてみよう」
指差しながら告げる。アキラは少しだけ目に好奇を滲ませて頷いた。
「ケインさんとかに聞いてみる?」
「うん。こういう依頼もやった事あるみたいだから」
彼女達なら、こちらの実力を鑑みた意見を出してくれるはずだ。無理なら無理と言ってくれる。
そう伝えようとした瞬間、視界が翳った。
「お待たせして申し訳ございません」
アキラの視線が瞬時にリシアの頭上に向く。リシアは視線を向けるより先に、聞き覚えのある声に身をすくめた。
「こうして出向いてくださるとは思わず……」
振り向くと、声の主と目が合った。磨かれた兜の下で、いつもより覇気の無い顔が引き攣る。
「呼んだのですか」
隊長の言葉に女学生は訝しげな表情になる。一方貴婦人は僅かに眉を顰めた。
「いいえ。無関係です」
よく通る声で貴婦人が告げると、あからさまに隊長は安堵した様子を見せる。すぐさま眉を吊り上げ、リシアとアキラを睨みつけた。
非難がましい視線が腹立たしい。思わずリシアも見返す。
「何かあったのかしら」
隙間風のように貴婦人の言葉が割り入る。響く靴音に弾かれ、僅かに隊長は身を引いた。
「どうなの、リシア・スフェーン」
見上げる。以前会った時と変わりない冷たい瞳が、此方を見下ろしている。どこから話すべきかと、真面目に答えようとして口籠もる。
「知人ですか」
その隙に衛兵長は貴婦人に問いかける。リシアと貴婦人の関係をどう取ったのか、声には焦りが滲んでいる。
声をかけられた貴婦人は隊長を一瞥し、続いて女学生を見つめた。
「ええ」
そう答えた瞬間、あからさまに隊長は動揺した。目の前の女学生が公爵の知り合いだったとは思いもしなかったらしい。もっともそれだけの思慮があれば、講師室で暴挙には及ばなかっただろう。
リシアが答えようとしたのも束の間、途端に興味を失ったように貴婦人は隊長に向き直った。質問の答えも聞かずに言い放つ。
「席の用意は」
「は、はい!今案内いたします」
一刻もこの場から離れたいのか隊長は先導する。その後を貴婦人がついていく。
靴音だけが響く。
いつの間にか息を詰めていたリシアは、深く呼気を吐き出す。
予想だにしなかった邂逅だ。未だ強張る指先を曲げ伸ばしていると、アキラが囁いた。
「……知り合いなんだ」
間延びした返事をする。
「あー……うん」
伯母にあたる、とは言い難かった。
依頼書を鞄に入れ、出入り口を指差す。
「用は済んだ。行こう」
そう告げるとアキラは頷く。すぐに足を踏み出したあたり、彼女も此処に長居はしたくないのだろう。
向かう場所は勿論、浮蓮亭だ。道中とりとめのない話をしながらも、頭の中は先程出会った貴婦人のことでいっぱいだった。
結局彼女が役所にいた理由は不明のままだ。隊長に何か話があったとも思えない。彼はあくまで出迎えだろう。貴婦人が直接出向くような用件とは何だろうか。まさか、直近の騒動と関係はあるまい。数少ない貴婦人の情報を動員しても、答えは出そうになかった。その少ない情報量にリシアはため息をつく。
アキラとその伯母であるシノブと、リシアと公爵の関係は似ても似つかない。そもそも伯母として接したことが数えるほどしか無いのだ。まだ母が居た時のこと。昔の話だ。
だからこそ、時折アキラの話が羨ましくなる。
隣でシノブとの手紙のやり取りについて話し始めたアキラを見上げ、リシアは僅かに目を細めた。




