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異質(1)

 試合後の握手を終えて、アキラはリシアに手を振る。手を振り返すとアキラは試合相手に何事か伝えて、後片付けを始めた。先程の約束通り、一試合で解放されたようだ。器具を渡してこちらへ走り寄る。


「お待たせ」


 そう口走ったアキラに、食い気味に言葉を浴びせかける。


「凄かった。本当に初心者なの?相手も長い事庭球をやってた子だよ?」

「朝練とか付き合ってたから」


 アキラの答えに返事が用意できず、気が抜けた声を出してしまう。リシアと共に迷宮へ行きながら、そんな事もしていたのか。


「部活の勧誘も受けてたものね」


 何度目かの邂逅の時に運動場で見た光景を思い返す。


 アキラは多才だ。わかってはいたが、改めて彼女の動きを見ていると惚れ惚れとしてしまう。剣技訓練の時といい動きに無駄がないのだ。


「羨ましい」


 思わず呟く。羨望を露わにするのは恥ずべき事だと思いつつ、続けて褒め言葉を並べる。無表情ながらアキラは照れたように頬を掻いた。こんな言葉は慣れているだろうに、素直な仕草が面白い。


「次は、リシアの番」


 一通りリシアの言葉を聞いた後、アキラは平生の調子を取り戻して告げる。試合の熱気に呑まれて用件を忘れつつあったリシアは冷静になる。


「えっと、まずは役所に」


 必要のない身振り手振りで説明をする。頷きつつ連れ立って歩くアキラに、普通科の同輩が声をかけた。一旦立ち止まり振り向くアキラに女学生は手を振る。


「また今度ねー」


 アキラもまた手を振る。自身には無い濃密な交友関係を目の当たりにして、リシアはふと寂しくなった。


 一時は迷宮科でも、マイカ以外と付き合えると思っていた。しかし声をかけてくれた同輩はすぐにいなくなってしまった。


 今はまた、一人だ。


「依頼を探しに行こう」


 そう告げて役場へと向かう。道中、他愛もない話をアキラと交わす。互いの学苑生活や家での過ごし方を聞いていると、歩む時間が短く感じられた。


「おばちゃんから手紙が来た」


 不意にアキラが話した内容に、慌てて返事をする。


「もしかして、またいらっしゃるの?」

「ううん。アガタさんだけ此処に来る。宿は別で取るみたい」

「碩学院のお仕事?」

「うん。調査。ついでに家の様子も見てこいって……おばちゃんは人使いが荒いから」


 当然ながら、リシアに全幅の信頼を置いているというわけではないようだ。再度気を張り背筋を伸ばす。


「やっぱり伯母様は心配してるよね」


 アキラに良く似た、しかしどこか老成した雰囲気のドレイクとのやり取りを思い返す。親族の安否を気にかけるのは世間では当然のことだ。それくらいは知識として知っている。


「私からも、何かお話とかした方がいいかな」

「アガタさんは会いたがると思う。髪いじりたいとか言ってたから」

「い、いじりたい?」


 想像とは違った方向の返答が返ってくる。そうではなく、と言い出すにも気が進まず、リシアは言葉を飲み込んだ。


「リシアのこと、悪く思っているわけじゃない」


 内心を悟ったのか、続く言葉はリシアを安堵させるようなものだった。声が出ないまま頷く。


「それに今は、怒られるような状況じゃない。怪我も無いし」

「そ、それもそうか」


 乾いた笑いを溢す。


「胸を張れるようにしなきゃ」


 そう告げてアキラに微笑みかけた。当のアキラは無表情のまま、僅かに目をそらす。


「私も時々、不安になる」


 思いもしなかった返答に笑顔が固まる。


「リシアのご家族に対して、私は……リシアほどの宣誓はしてないから」


 アキラも、そういうことを気にするのか。暫し同輩の表情を見つめる。


「お父様やウルツも、アキラのこと信頼してるよ」


 励ますように告げる。ほんの少し、夜色の瞳が揺れた。


 元々アキラの伯母と知り合いというのも大きいのだろう。スフェーン卿がアキラに好印象を持っているのは確かだ。碩学院内での繋がりの影響力も階級や血縁に負けず劣らず強いとは聞く。今は二人の繋がりがありがたい。


 気づけば、女学生二人は麦星通りへと辿り着いていた。役所へと足を踏み入れる。


 やることは一つだ。真っ直ぐに掲示板へと向かい、次第に歩調が遅くなる。


 掲示板の前に、貴婦人が立っていた。


 遠目にではあるが顔は良く見える。リシアの見知った顔だった。


 隣のアキラもリシアに合わせるように歩幅を狭める。彼女にも貴婦人の「異質さ」がわかったのだろう。


 昼の礼服を身に纏った姿は、様々な層の人々が行き交う役所の中で一際浮いている。何の用で紛れ込んでしまったのか見当もつかない。彼女には此処に足を踏み入れる理由など無いはずだ。紅榴宮ならまだしも、役所などに。


 ふと、貴婦人は辺りを見渡した。意志の強そうな瞳が一瞬、二人の女学生を捉える。


 貴婦人の眉間に皺が寄った。


 立ち止まり、反射的に礼をする。リシアの膝折礼を目にして、アキラも一拍遅れて真似た。


 静寂。


 脈拍が恐ろしく遅い。永遠のような数秒だった。


 意を決して、リシアは顔を上げる。そのまま当初の目的を遂げようと、掲示板の前……貴婦人の隣へと進んだ。


 三人、並び立つ。

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