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ほんの一端

 照りつける日の中、学苑へと足を運ぶ。まだまだ退きそうにない暑気が頬に汗を伝わせた。時折吹く風に僅かな涼を得つつ、校門をくぐる。


 苑庭から掛け声が聞こえる。運動部をはじめとして、早朝の学苑に人の気配は意外と多い。リシアが向かった中庭にも、幾人か生徒の姿があった。


 さわさわと木の葉の擦れる音に耳立てながら掲示板を眺める。採集や地図作成の課題に混じって、生徒個人の依頼が張り出されている。いずれも物品の納入だった。薬草なら第三通路、染料なら第五通路と当たりをつけながら文面に目を通す。時期に左右される代物でもない。今のリシア達ならこなせる依頼だ。だからこそ、手を出すか躊躇してしまう。


 もっと他の分野へ。


 先日から考えている「課題」を思い出し、眉間に皺を寄せる。放課後にもう一度、気は進まないけど役所へ行こう。常日頃一緒に行動している友人の顔が脳裏をよぎる。彼女にも声をかけなければ。


「おはよう」


 背後から聞こえた声がリシアを現実に立ち返らせる。掲示板前であったことを思い出し、慌てて横に移動する。


「おはようございます」


 ひとまず一礼して顔を上げると、第六班の班長と目があった。一層慌てふためくリシアを見て、シラーは微笑んだ。


「心ここに在らず、という感じだったけど」

「すみません、依頼について考え事をしていて」


 苦笑いを浮かべる。興味深そうにシラーは目を瞬かせた。


「依頼」

「はい。採集や調査だけではなく、色んな仕事をやってみたいんですけど、なかなか」

「ふうん。討伐や駆除は?」

「あ、それも除いて……」


 見上げたシラーの口端には悪戯っぽい笑みが滲んでいた。内心ひやひやとしてしまう。「討伐」と聞くとまず思い浮かぶのは地底湖での出来事だからだ。


「それなら、警護はどうだろう」


 笑みを残したままシラーは提案する。


「最近、迷宮に碩学院がよく出入りしているのは知っているよね」

「はい。軌道を作るとか」

「そのせいか、警護依頼が本職冒険者の間では多く出回っているみたいだ。警護と言っても軌道の拠点までの野生動物を追い払うぐらいだけど」


 班長は小首を傾げる。


「むしろ、掛かる日数や人付き合いの方が難しいかもね」


 人付き合いと聞いて、リシアはこれまでの依頼を思い返す。冒険者でもなく、またアキラのように有事に対応できるわけでもない一般人と迷宮に赴いたことは無い。


 客と行動か。


 想像して不安になる。


「依頼中ずっと一緒、ですよね。失礼の無いようにしなきゃ」

「おや。そういうのは得意だと」


 疑問符を浮かべているのを感じ取ったのかシラーは苦笑する。


「よく話しかけられているじゃないか。異種族の皆さんもそうだし……昔も、常に人だかりの中に居たように見えたけど」


 ああ、と弱々しく呟く。かつてのリシアは彼にはそのように見えていたのか。


 答えに窮していると、シラーの表情が曇る。


「申し訳ない」

「謝られることなんて何も」


 こちらの方が申し訳なくなってしまう。どんな言葉を続けるか迷い、間に合わせの様に苦笑いを浮かべる。


 表情を作るのは苦痛だ。演技が苦手なわけではないのに。


「と、ところで」


 耐え難くなって話を戻す。


「シラー先輩も警護依頼はやったことがあるんですか」

「うん。と言っても碩学院相手とかではなく、野草採りの引率だけどね」

「前はその手の事故がたくさんありましたから」

「そうそう。息子さんが言っても聞かないからってことで……」


 そこでやっと、シラーは元の笑顔を取り戻す。依頼を思い出したのか、一瞬吹き出した。


「僕が一年生の時だよ。なんだか懐かしいな」


 その姿がどうにも「年相応」で、リシアは見惚れる。一つ学年が違うだけで普段は大人びて見えるのに、今目の前にいるシラーは同年代の少年らしい溌剌さに溢れていた。


「あの時はデーナと、知り合ったばかりのゾーイの三人だけで班活動をしていたんだ。依頼主のお婆さんにとっては、僕らは孫ぐらいの歳だから物凄く心配されてね」


 笑い声が乾いていく。


「そんなことも、あったよ」


 憂うわけでもなく、ただ表情がすとんと抜け落ちた。思わず指を握り込みリシアは班長の名を呼ぶ。


「シラー先輩?」


 途端、貴公子は微笑む。


「碩学院関係ではなくとも、今もそういう依頼はあると思う。一度やってみたらどうかな」

「はい。探してみます」


 戸惑いながらも頷く。


 今、かなり踏み込んでいたような気がする。


 あの妙な空気を頭から振り払うように、リシアは頭を下げた。


「相談に乗ってくれて、ありがとうございます」

「参考になったのなら良かった」


 シラーは目線を切り、校舎を一瞥した。


 会話の終わりを察して、少しだけリシアは寂しくなった。


「それじゃあ。また迷宮かどこかで会おう」

「はい。アキラも一緒に」


 あえて友人の名を出す。シラーは僅かに目を細め、背を向けた。


 立ち去っていく後ろ姿を見ながらため息をつく。


 もっと打ち解けたら、アキラの態度も今と違うものになるかもしれない。


 その様子を思い浮かべると、少しだけ胸が騒ついた。

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