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食前の語らい

 机の上に依頼書を散りばめる。浮蓮亭に貼り出されていた事業を持って帰って来たは良いが、いずれも最前線を数日がかりで彷徨く遠征ばかりだ。一応アキラにも目を通してもらったものの、彼女からはぎこちなく遠慮するような反応しか返ってこなかった。


 アキラはきっと、迷宮の深部へと踏み入りたいのだろう。そして彼女にはそれが可能な程の能力がある。ただアキラの意思と力量のみを頼りに突き進むほどリシアも短絡的ではない。前線へ向かうのはまだ先の話だ。


 今取り掛かれる依頼は何か。手帳を開き考える。


 これまでこなして来た依頼を見返していると、部屋の戸を叩く音が響いた。


「お嬢様、ウルツでございます。食事の用意が出来ました」

「今行く」


 執事に返事をして、手帳や依頼書を置いたまま机を離れる。ひとまず食事だ。帰宅した時に漂って来た匂いを思い出し、足取り軽く階下に降りる。


 食卓には既に家長が着いていた。食前だというのに手にはどこかの会報誌を持ち読み耽っている。


「……情報はすごいなあ」


 頁をめくりながらぶつぶつと呟く子爵の周囲を、執事が運んできた皿が囲む。誌面に没頭する前に声をかけておいた方が良さそうだ。


「お父様」


 横に立ち呼ぶと、父は一瞬周囲を見回した。


「おや、リシア」


 そう呟きながら泳ぐ手が、危うく杯をひっくり返すところだった。


「食事」

「あ、もう準備出来てるのか。ありがとうウルツ」

「読み物は後にしたら」

「そうだね」


 そう言いながらすぐ傍らに置く。相当気になる内容なのだろうか。


「……碩学院から来た冊子でしょうか」


 側に避けていた皿を整えながら執事が尋ねる。スフェーン卿は少し目を泳がせ、答えた。


「いや、これは国内で出回っているものでね。迷宮に関する情報が多く載っているんだ。どうも冒険者が発刊しているらしくて」


 リシアも興味をそそられる。ウルツと食事に申し訳なく思いつつ、身を乗り出した。


「冒険者が出している雑誌?」

「ああ。出資は貴族のようだけど」

「後で見てもいいかしら」

「おや、知らなかったのかい?」


 首を傾げた後、何かを思い出したように父は眉を顰めた。


「……確かに一部の貴族しか読んでないみたいだったね。現場向けの情報も無いし」

「そんな内容なの」

「うん。資源や希少生物の話ばかりだよ」


 だから気になっているんだ、と困り顔になる。


「研究の話なら大歓迎だ。でも、文脈的にそうではなさそうで」

「というと?」

「……お金になるかに終始しているんだ」


 父の言葉にため息をつく。


「お金は大事」

「しっかりと研究した上でないと利用の話まで持ち込めないよ。どうにも利用が前提で……先走りすぎている気がするんだ。でも、そうだね。確かにお金は大事だ」


 うーんと呻る父を見て、リシアは自身も席につく。スフェーン卿も悩ましいのだろう。研究には先立つものが必要な時もある。資金や大義名分がどれほど重要なのか身に沁みているはずだ。


「リシア。あの蛍光生物の利用とか、考えているかい?」


 続く言葉に弾かれるように顔を上げる。


「え、あの、池を光らせている……」

「そうそう。この冊子を見ると、エラキス内であれについて話すのは危険かなと思って」


 合間にスフェーン卿は執事が運んできた食前酒を受け取る。リシアの手元にも水で満ちた杯が配されたが、ひとまず手は付けないでおく。


「あれの発見者はリシアだから、僕の独断で話すのも秘密にするのもなんだかね」

「……」


 考えたこともなかった。確かにあの「水」には特異な点がある。それを論文にする事に異論はなかったが、利用や周知には考えが及ばなかった。


「もしかして、利用のアテが?」

「いいや。娘がこんな凄いのを見つけて来たんだよって自慢したいだけだよ。今のところスペサルティン卿にしか話してないんだけど」


 金儲けなどとは関係のない話のようだ。しかし、他者に話すにあたってリシアに確認を取るというのは父らしい。


「私は別に構わない」

「そうか。じゃあスペサルティン卿にまた話してみよう」


 無邪気な父の口振りが気になって、つい口を挟む。


「その、話すのはスペサルティン卿にだけ?」

「ああ。彼女ならおかしな広め方をしないから」


 スフェーン卿は微笑む。


「確かに、スペサルティン卿なら気を使ってくれるでしょう」


 空いた杯に食前酒を注ぎながら執事が囁く。


「もしかしたら、後ろ盾になってくれるかもしれませんね」


 リシアは居住まいを正す。後ろ盾。そういうのもあるのか。


「それは、どうかな」


 一方の父は、どこか冷ややかに告げる。


「彼女は……そうやって踏み込んできたりはしないと思う。僕の話に耳を傾けることはあっても」


 寂しげな沈黙が僅かに満ちた。束の間、取り繕うような笑い声が響いた。


「でも、いつかはリシアの活動に興味を持ってくれる人も出てくるかもしれないね。エラキス外で……そんな人が後ろ盾になってくれたら、僕も嬉しいなあ」


 明るく笑う父とは裏腹に、リシアは訝しむ。


 腹の底では、父は他の貴族を信用していないのではないか。だからこそリシアの成果について話をするのも慎重になるのだろう。


 スペサルティン卿に対しても、本当のところはどうなのか。


 彼の家との過去を思い返しつつ、リシアはやっと水を口に運んだ。

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