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方向性

 扉の向こう、斜陽の裏路地へと覆面のセリアンスロープは去る。後に残されたもう一方のセリアンスロープは、閉まる戸を頬杖をつきながら眺めていた。


 なんとも言えない空気の中、簾が巻き上がる。


「すまん」


 嗄れた謝罪と共に紙幣が現れる。


「機を見計らっていたらこんなことに」

「だ、大丈夫。謝らないで」


 なぜかリシアも頭を下げつつ紙幣を受け取る。いつも通り等分された片割れを、アキラに渡す。


「これが蛇代」

「頭がわりと良い値で売れるそうだ。革は言わずもがな」


 二人にそれぞれ緑紙幣一枚。確かにかなりの金額だ。


「肉は私が買った」

「えっ」

「良い出汁が取れる」

「へえ」


 言われてみれば、以前食べた蛇肉は汁物としても美味しく食べられそうな滋味だった。


 自分達で得た肉が、まわりまわって口に入るのも悪くはない。


「体力回復にも良い」

「一般的じゃない食べ物って大体そうだよね」


 ハロの茶々を聞いて、隣に座るアキラが少し身を乗り出した。


「体力回復」

「欲しいの?体力。有り余ってるように見えるけど」

「……打ち身とか怪我にも効きますか」


 アキラの言葉を聞いて思わず腹をさする。病院。忘れていた。


「打ち身か。血を増やす分には問題ない。飲め」


 その様をしっかりと見られていたのか、簾の向こうで食器の擦れ合う音が響いた。


「生肉を湿布にするのも良いと聞く」

「それはちょっと」

「脂が効くのかな」


 確かに家畜の脂を外傷に塗ったりはする。だがそれと生肉を貼り付けるのは心構えが違う。


「まあ大人しく食用に回してもらおう……ほら、汁だ」


 簾が巻き上がる。白い陶器の碗に満ちた琥珀色の液体が、光を散らした。


「あ、ありがとうございます」

「今日は代金は貰わん。元は君らが獲ったものだ」

「いいの?」

「勿論明日からは有料だ」


 ゆっくり飲め、と店主の指示に従う。匙は無い。碗を持ち上げ直接一口、少量を口に含むと体の芯がじわじわと温まってきた。


「おいしい」

「こんな時に限ってバサルトがいない」

「ここで診察はさすがに嫌でしょ」


 もう一つ碗が出てくる。こちらはアキラが恭しく受け取った。それを横目で見ながら、ハロは口を尖らせる。


「……僕にもちょーだい」

「タダではないぞ。そうだな、定食につけてやる」

「じゃあ日替わり一つ」

「お前の方こそ元気が有り余ってそうだが」

「そんなことないよ。さっきので随分消耗しちゃった。ねえ?」


 代表の方を向く。依然として、ケインは頬杖をついたまま戸とも虚空ともつかない場所を眺めていた。


「ケイン」


 ハロに代わって、ライサンダーが名を呼ぶ。


 微動だにしない。


「代表」


 別の呼び名。


「ん、あ」


 赤銅色の目が瞬く。頬杖を崩し、代表は組合員に向き直った。


「どうした」

「貴女も随分と消耗してますね。何か食べますか」

「ん……」


 セリアンスロープは目を伏せ、数拍のち刮目する。


「肉の気分だ」

「臓物はどうだ」

「いいね、いい」


 とろけるように、ケインは卓にうつ伏せた。ふんと鼻を鳴らす。


「あいつらも、食事ぐらいしていけばよかったのに」


 なんとも未練がましい響きがあった。暢気な言葉に思わず他二人の反応を探ってしまう。ハルピュイアもフェアリーも、目立った様子は無いが返答も無かった。


「先程の話」


 視線を虚空へと投げたまま、代表は呟く。


「私は本気だ」

「名を上げるってやつ?」

「ああ」

「……それがどうしたの」


 赤銅色の瞳が揺れる。


「勝手に決めて、悪いと思っている。巻き込んでしまった」

 嘲笑の一つでもあると思ったが、ハロは黙したままだ。


 代わりにライサンダーが声を発した。


「名声を得るというのは、ごくありふれた目標だと思います。組合としては当然と言ってもいい」


 一言ずつ、言葉を探すようにフェアリーは告げる。


「そこに貴女の個人的な思惑が絡むだけです。失礼を承知で言いますが、今の話は我々が組合を離れるほど重要な話には思えなかった」


 率直な発言に面食らったのか、代表は口元を歪める。


「う、うーん」

「彼は我々を害するとまでは言わなかった。この勝敗がどう転がろうと夜干舎そのものの損にはならない」


 端的に言えば、と前置く。


「構わない。そう言いたいのです」


 ぴんと耳が立つ。


「ただ思うところはあります。今回は相当振り回されました」


 再び耳が寝る。


「ごめん」

「ハロも同じでは」

「そうだねえ」


 普段のように不機嫌な様子でもなく、ただただ呆れたようにハロはため息をついた。


「何を今更、って感じ」


 彼にしては率直な肯定に、セリアンスロープは今日何度目かの笑みを浮かべる。これまでの笑顔とは違って能天気さの欠けた、けれどもあどけない安堵が滲んだ微笑だった。


「ありがとう」


 夜干舎のやり取りを、リシアは不思議な心地で見つめる。


 彼等の間にあるのはどちらかと言えば淡白で打算的な関係で、友情や盲信ではない。


 それでも、「個人的な思惑」を是とした。


 組合としては目指すところに異論はないからなのだろう。


 碗に口付けたアキラに目を向ける。


 「二人」は、何を目指しているのだろう。

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