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夜干舎と過去(1)

 衛兵の姿が多いような気がする。


 アキラと連れ立ち歩きながら、リシアは駅周辺の様子を観察する。基本的に衛兵は二人組で警邏を行うことが多いが、それが各通りに一組は配置されているように見えるのだ。


 駅の入口前に立つ衛兵が冒険者に声をかける。見慣れた高圧的な態度と、それに負けじと対応する冒険者とで職務質問はあまり上手くいっていないようだ。更に、衛兵の目は他の衛兵にも向けられている。動員されている者同士で監視でもしているのだろうか。


 何か事件でも、と考えたところで当事者であることに気付く。これ以上被害者を増やさないよう警備を強化するのも一つの対策なのだろうが、それ以前に組織内部の洗い出しはしたのだろうか。見かける衛兵とあの衛兵の姿が重なり、気が滅入る。流石に隊長格に見つかってあれ以上のお咎めが無いとは思いたくない。


「王府から注意でもあったのかな」


 ぽつりとアキラが呟く。先程の講師室での騒動も鑑みると、相当な大事になっているのだろう。


 良い方向に向かってくれることを祈るばかりだ。


 そう思いつつも、衛兵の視界に入らないように異国通りへと進む。香辛料の香りを嗅いだ途端、ぴりぴりとした空気がいくらか和らいだのを感じる。彼処は安心できる場所なのだと他でもないリシア自身がそう思っているのだろう。


 浮蓮亭のある路地の入口に立つ。


 隣でアキラが立ちすくんだ。


「どうしたの?」

「人が多い気がする」


 友人の言葉を聞いてリシアは薄暗がりをじっと見つめる。そう言われると、ただならぬ気配が小径を漂っているような気もする。


 ただの客なら、こんな反応はしないだろう。思い当たる節はある。


「どうする」


 再びアキラの方を向いて問いかけた途端、勢いよく扉が開く音が響いた。


「やっぱり、お前らがいると話にならん。先に帰ってくれ」

「えー、絶対面白いのに」

「面白がるな!」

「私はあくまで調停役として同席しようとね」

「先生もダメだ。向こうの言い分に寄り過ぎる」


 人影が三つ、路地裏で言い合う。いずれも特徴的な見覚えのある姿をしていた。


「あの……」


 一歩踏み出して、恐る恐るリシアは声をかける。瞬時に視線が突き刺さった。


「あら、学生さん」


 即座に緊張感が和らぐ。ドレイクには感情を読み取ることが難しい複眼が、翳るように色を変えた。


「ふふふ、接見禁止でも偶々出会うのはしょうがないことよね。狭い街だもの」

「そんな手厳しいことを言われたのかね」


 防毒用の仮面を着けたハルピュイアが、他の組合員に確認するように尋ねる。代表のセリアンスロープの表情は笠で窺えないが、太い尾が忙しなく動いていた。


「君達が来るとは。日を改め、いや……」

「聞かせちゃいけない話なの、あれ。教育に悪いとか?」


 何やら不穏な会話を耳にして、思わずアキラと目を合わせる。アキラも困ったように眉尻を下げていた。


 再び、扉の開く音が響く。


 夜色の目が視線を動かした。


「勢揃いだなあ」


 暢気な声で「夜干舎の代表」はそう言った。再び浮蓮亭で相対してしまった二つの班、その代表を見比べ、女学生二人は固まる。


「女生徒、蛇の件かな」


 続くケインの言葉を聞いて、そういえばとリシアは頷きそうになる。慌てて苦笑いを浮かべている間に、店主とケインは何事か言葉を交わした。


「用意出来ているみたいだ」


 そう言われてしまうと代金を受け取らざるを得ない。逃げ道が無くなってしまった。


「お邪魔してもいいですか、すぐに帰るので」

「全く問題ないよ。いつも通り食事もしていったらいいじゃないか」


 ケインは笑う。その傍らでウゴウの尻尾がぶわりと膨らんだ。こちらは問題が大有りのようだ。


 少し悩んで、アキラと相談する。


「どうする」

「お金だけ受け取って……ケインさんもああ言ってるし。向こうの代表はちょっと、気まずげだけど」

「前回みたいに外で話すってこともあるかも」


 代金は受け取っておこうという点は共通した。浮蓮亭へと向かう。


「失礼します」


 もう一つの「夜干舎」とすれ違い様に会釈をする。硬質な笑顔を浮かべたフェアリーが、こちらを覗き込んできた。複眼特有の質感に息を呑む。


「迷惑はかけないわ。お腹いっぱい食べてね」


 そう言われても、喉を通るだろうか。


 曖昧な返事をしてリシアは浮蓮亭にそそくさと駆け込んだ。


 薄暗い店内には見慣れた夜干舎の面子が集っていた。どこか落ち着かない様子のライサンダーとつまらなさそうな表情のハロは、珍しく同じ卓に着いている。


「ほんと間が悪いね」


 挨拶代わりのハロの言葉に頷いてしまう。は、と嘲笑が返ってきた。


「まあでも、面白い話が聞けるかもよ」

「私達が聞いても……」

「そんなこと言って、気になるんじゃないの」

「誰もが野次馬根性を持っているとは限らん」


 簾の向こうでぴしゃりと店主が告げる。舌を出すハロに追い討ちをかけるように更に一言飛んできた。


「いや出歯亀か」

「ウマでもカメでもないよ」


 些細な言い合いを横目に、アキラは奥の席に進んで腰掛けた。既にアキラは食事を取ると腹を決めているらしい。


 ハロと店主の小競り合いがひと段落するまで、リシアも席に着いて待つことにした。

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