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そんなつもりは、なかったの

 「親友」は普通科の少女と連れ立ち、去っていく。まだ終業の騒々しさが訪れていない渡り廊下で、聖女はため息をついた。


 どんな人間も善性と悪性を持っている。


 リシアの周りにいる人間は、少々悪性を発露し過ぎるきらいがあるようだ。無論それはリシアに非があるわけではない。そんな環境だからだ。此処では……迷宮科では、どうにも悪意で身を守らざるを得ない。うまく悪意に迎合できない者は棘で傷つくばかりだ。リシアはマイカが見る限り、ずっと傷ついている。


 その様が痛ましくて、目を逸らしたくなる。


 沈痛な面持ちのまま教室へと戻る。いくつかの教室は終礼したのか、迷宮科の生徒達とすれ違う。


「大丈夫?」

「なんだか調子が悪そうだけど」


 幾人かの生徒が立ち止まり、踵を返し、話しかけてくる。その度に微笑を返す。心配してくれているのだろう。でも、彼らはリシアには声を掛けなかった。きっと今のマイカよりも、暗く、打ちのめされていただろうに。


 辺りを見回す。名前も覚えていないドレイクの群れ。一人一人の表情、挙動から機微や体調を伺う。満ち足りている者もいれば損なっている者もいる。これを見て見ぬふりをすることも悪性なのだろうか。


 そうはなりたくないと、一人マイカは考える。困っているのなら、病み疲れているのなら、手を差し伸べるべきだ。


 教室前の廊下に至る。放課後の賑わいを見渡して、一点を注視した。班員だろうか、男女の集まりの中で神妙な顔つきで話す少女が一人。ここ数日、第六班の班長によく話しかけてきた少女だ。そしてリシアともよく関わっていた少女。


 一目見て、彼女の体調を把握する。


 見て見ぬふりをしてはいけない。


 伝えて、取り除かなければ。


 教室に足を踏み入れる。近付く度、彼女達の会話が断片的に聞こえる。


「リシアのこと、役所で見たんだって」

「そんな子には見えないけど。人違いじゃない?」

「フォリエ、ほんとなの?」

「え……」


 少女、フォリエが狼狽えるようなそぶりを見せる。逡巡し頷いた。


 その隙を見て、陣の中に入る。


「何のお話?」


 囁くように問う。一同は目を見開き、しかしすぐに闖入者を受け入れた。隣のフォリエも同様に、少し身を引いてマイカが入る場所を開ける。そこにもう一歩踏み入れて、両隣に微笑み掛けた。


「今日、衛兵が来た理由!リシアが関わってるって」

「マイカも聞いた?」

「ええ」

「リシアが衛兵相手にねえ。これまでの成果も見直しなんじゃない」

「ああ、これまでの依頼も裏で回してもらったってことね」

「リシアはそんな子じゃない」


 静まり返る。前掛けの裾を握り込み、マイカは声も絶え絶えに呟いた。


「そんなの、ただの噂。私は信じない」


 周りの生徒が目で会話し合う。マイカを見つめ、フォリエを一瞥する。


「でもフォリエが」

「人違い、かも」


 上擦った声でフォリエが呟く。向かいの女生徒が訝しげに眉を顰めたのを見逃さず、フォリエは困り顔で微笑む。


「迷宮科の女生徒なんて大勢いるし。それに、マイカがこう言うんだもの」


 きっと、別の誰かよ。


 そう告げてフォリエは口を閉ざす。間髪入れず、男子生徒が口を開いた。


「じゃあ誰なんだろうな」

「……今の流れでそれ言う?」


 別の女生徒が腕を組み、男子生徒を睨め付ける。


「この話はこれで終わりで良いじゃない」

「なんだよ、この場にいるくせに」

「これからの方針を決める話し合いだったでしょ、あんたが脱線させただけ」

「方針?」


 首を傾げる。それを見て、男子生徒がどこか期待するように話を続けた。


「空きも出たし、誰かに加入してもらおうと思って。もし良ければ、入る?」

「馬鹿。第六班から抜けてうちみたいな弱小班に来るわけないでしょ」


 辛辣な女生徒の言葉に苦笑いを返す。男子生徒は肩を落とした。


「声かけてみましょうか」

「ありがとう、助かるよ」


 彼らがどこの班かもわからないのに、そう返す。皆が微笑んだのを見てマイカは穏やかな気持ちになった。


「二人、ですよね。必要なのは」


 続けた言葉に、周囲は怪訝な顔をした。


「二人?」


 復唱した後男子生徒は笑う。


「確かに班員はいくらいても良いけど、今欠けてるのは一人分かな。この間一人で迷宮に入って大怪我をしちゃった子がいて、その子の穴埋めだよ」

「フォリエは、休まないの?」


 隣の少女を見つめる。


 呆気に取られたような顔が、次第に青褪めていく。


「フォリエからは休むとかいう話は聞いてないよ。依頼の予定も立ててるし」

「ということは迷宮に?それは良くないわ」


 眉を下げ、心苦し気にマイカは言う。出来るだけ多くの人に伝わるように。


「貴女だけの体じゃない。子供のことを考えてあげて」


 皆が言葉を失ったようだった。


 静寂の中、無表情のままフォリエが腕を伸ばす。


 机や椅子を巻き込み、女生徒と共にマイカは倒れた。


「今の何、どうしてそんな嘘をつくの」


 大きな呼気と掠れた声が降りかかる。制服の襟を握り込み、フォリエはマイカに普段の様子からはかけ離れた言葉を放つ。


「誰の入れ知恵?シラー様?それとも、あいつの」


 背を丸める。咽混み呻くフォリエを見下ろしながら女生徒が呟く。


「子供って?」


 どよめく。傍らに男子生徒がしゃがみ込み、縋るように尋ねた。


「フォリエ、なんだそれ。何も聞いてないぞ」


 嘘、嘘、全部嘘。


 手に力を込めフォリエは叫ぶ。憎悪と混乱に満ちた視線が聖女を捉えた。


 その目を見つめ、申し訳なさそうに聖女は呟く。


「そんなつもりは、なかったの」

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