再び迷宮へ
静かなエラキス駅構内を通り、二人は再び第一通路に至る。混み合っていた夕方から一変、通路にはリシアとアキラ以外人の姿は見えない。閑散とした第一通路を、二人は黙々と進む。
「あそこ?」
アキラは薄っすらと暗がりの中に見えてきた横洞を指差す。リシアは暗がりを注視して、首を横にふる。
「ううん、違う。あれは第一地上口」
横洞に見えたのは地上へと繋がる縦穴だった。通り過ぎる間際、アキラはぽっかりと空いた洞の中を覗き込む。星空が覗く亀裂のような地上口へ、急傾斜の階段が続いていた。その光景がどこか幻想的で、アキラは一瞬だけ依頼の事を忘れた。
「でも第一地上口があるってことは、すぐ近くだから……ほら」
地図と通路の先を見比べて、リシアは一点を指差す。第一地上口から十歩ばかり歩いた所に、入り口が木枠で補強された小通路が待ち受けていた。
「ここが炊事場」
入り口から中を覗き込む。既に立ち入る者も居なくなって久しい。かつては燭台を据え付けていた金具が朽ちて外れ、地に転がっていた。
リシアは小物入れから小さな火具を取り出し、ネジを回してホヤを引き上げ、灯芯を出す。
「ちょっと、離れてて」
アキラを退がらせたリシアは、鞘からウィンドミルを引き抜き地面に置いた火具に向ける。柄を握り込むと、「炉」が深紅の中に蒼い輝きを散らした。
灯芯を切っ先で撫ぜる。ちろりと紅い炎が吹き出て、ホヤを舐った。
「あ、それ火が出るんだ」
いつの間にかリシアの隣でしゃがみ込んで、アキラは仄かな明かりを見つめていた。あまり驚いてはいない様子だ。
「うん。ウィンドミルには、炎を生成する魔術が込められてるの」
「もっと大きい火は出せる?」
「出せるよ」
ぐっと柄を握る手に力を込めてみる。
瞬時に、白銀の刀身が紅蓮の炎に包まれる。アキラが少し驚いた様に身を引き、リシアはそれ以上に驚いて力を緩めた。
途端に火は消え、後には異常な熱気だけが残った。
「……こんな感じ」
「すごい」
感心しているんだかしてないんだかよくわからない返答に、リシアは小さく溜息をつく。
放熱する為に軽く剣を振り、鞘に納める。火具を掲げ、二人はいよいよ炊事場に立ち入る。
「かまどだ」
それ程奥行きは無い、通路というよりは円い小部屋のような空間だった。壁沿いに並ぶ円形のかまどを指差し、アキラは駆け寄る。
何が面白いのか目を輝かせ、土で塗り固められて黒光りしているかまどの表面を触る。
「この管、地上に繋がってるの?」
「うん。確か、雑木林の辺りに先端が出てたはず」
続いてアキラは、かまどから伸び、天井へと続く土管に興味を示した。
第一通路は地中の比較的浅い所を通っており、こうした通気口を容易に作ることが出来る。そのため、狭い小通路も炊事場として利用できるのだ。
土管を眺めるアキラを他所に、リシアはハチノスタケを探し始める。まずはかまどの中を調べてみる事にした。
「……あ!」
かまどの上口から火具を入れ、中を照らす。
見覚えのある不気味な姿が浮かび上がり、思わずリシアは声を上げた。
手を差し入れ、そっと子実体を摘む。
「あった!」
二本、三本とリシアはかまどの中を掻き回し、キノコを取り出す。灰の上に群生しているようだ。
「アキラ、かまどの中探してみて!」
「わかった」
リシアの指示に頷くと、アキラは火かき棒をかまどの焚き口に突っ込んだ。暫くかまどの中を探り、掻き出す。
灰混じりの土と一緒にハチノスタケが四本、転がり出た。
「おお」
「これに入れて」
籠を差し出す。アキラはキノコを無造作に掴んで、籠の中に放り込んだ。
「かまどの中、全部探してみよう」
俄然気力が湧いてきたリシアは、左隣のかまどを覗き込む。アキラはと言えば、這いつくばって焚き口を覗き込み、かまどの内側にもキノコがへばり付いていないか調べていた。
「やっぱり、火の後にキノコが生えるんだよ。うん」
一人でリシアは頷く。あのハルピュイアに一矢報いてやったような、そんな気がした。
……二人ですべてのかまどを調べた後、籠には三分の二を占める量のハチノスタケが収まっていた。
顔に薄く灰汚れを付けたアキラは籠を覗き込み、「もう少しだね」と励ましの言葉を口にした。
「次は、ケインさんが言ってた第五通路に行ってみる?」
「そうしよう」
随分と重量が増した籠を背負い、リシアとアキラは炊事場を後にする。
「リシア、籠持つよ」
道中、アキラが手を差し出した。ありがたい申し出だ。リシアは籠を下ろして、同行者に差し出す。
「なんか、籠にリシアが背負われてるみたい」
「……ありがと」
続く余計な一言に、ぶっきらぼうな感謝の言葉を返す。
駅の中央広間を過ぎ、第一通路の向かいにある第五通路へ降りる。やはりここも、他に冒険者はいないようだ。




