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前身

 簾が巻き上がり陶器の杯が出る。仄かに湯気の上るそれを不可思議そうに見つめていると、店主が告げた。


「湯冷めしてないか」


 思わず髪に触れる。冷えた毛先に指を通し、杯を取った。


「ありがとう」


 好意に礼を言い、一口含む。甘く香ばしい香りととろりとした口当たりが冷えた体を温める。


「今度は蛇退治か。そっち方面に行くのか?」


 つまみの炒め物を食べながらバサルトは笑う。問われた内容に返そうにも、言葉の意味するところがわからない。


「そっち方面?」

「退治専門だ。見た感じ地図描きや回収よりも、そういう依頼の方が得手のような気がする」

「それは、偶々だと思う。駆除依頼も今回が初めて」

「初めてでちゃんと成功してるんなら、やっぱり向いてるんじゃないか?」


 違う、とリシアは内心呟く。一方で、完璧主義者めと甘えた声で自分自身が囁く。


「想定通りにはいかなかった」

「計画通りにいくことの方が珍しいさ」

「無計画にしろって話じゃないよ」

「次に活かします」


 笑顔とも言えないような表情を作って、杯に口をつける。まだまだ反省点はある。迷宮や浴室で考え挙げていた項目が再び湧く。


「……結局、今回も助けてもらいましたし」

「網のこと?感謝してね」

「それもありますし、蛇も助けが入ってくれたんです」

「お互い様だよ、それも」


 頷きながらそう告げて、ぴんとセリアンスロープは耳を立たせる。


「ところで、誰だったんだい。助けてくれたのは」


 言葉に詰まる。なんとも言えない居心地の悪さを感じながら組合の名を口にした。


「もう一つの夜干舎です」

「ほお」


 途端ケインは頬杖をつく。訝し気な様子ではなく、面白がっているようだ。


「……迷惑代を払いたかったのかな」

「素材は分けました」

「そこはちゃっかりしてるなあ」


 笑う代表をハルピュイアはじとりと睨む。


「なーんか、よくわかんない。やっぱり仲良いんじゃん」

「そりゃ女学生達とは仲良しさ」

「違くて、向こうの夜干舎と」

「本当のところはどうなんですか。何か問題があって袂を分かったのでしょう」


 ここぞとばかりに組合員は畳み掛ける。心外だとでも言うようにケインは目を見開いた。


「問題。まあ問題かもしれないな」

「何やらかしたの」

「お金まわりではないですよね」

「君ら私をなんだと……まあ、書類の問題なんだが」


 緊張が走る。ただの不仲ならともかく、書類の問題ということは「証拠」がある。有利不利も書面を見ればはっきりするだろう。


「大きく二つあって」

「二つも」

「一つも二つも変わらん」

「とにかく、内容を教えていただけませんか」


 気色ばんだハロを手で諌めつつライサンダーが促す。視界の隅でバサルトが居住まいを正した。


「まず一つ目。屋号の権利」


 今度はリシアも居住まいを正す。いつかスローネが話していたことだ。


「私やウゴウが所属していた夜干舎は一度解体しているんだ。その時に処理をして財産分与もしたんだが、一つだけ宙ぶらりんになった権利があったんだ」

「それが屋号?」

「そう」


 書類に「書いてない」ことが問題というわけか。


 呆れるよりも、ケインやウゴウのような本職ですら些細な見落としをするのかと感心する。


「馬鹿!なんでそんな名前使うわけ?」


 率直なハロの言葉に目を丸くして、ケインは少し不満気に耳を寝かせた。


「前の夜干舎も、元は私がつけた名前だからだ」


 更なる罵倒を告げようとしたハロは口を噤む。途端、何事か考え込むように眉間に皺を寄せた。


「……それは向こうも知ってるの?」

「もちろん。少なくともウゴウとアムネリスは知ってる」

「じゃあ、堂々としていればいいじゃないか」


 バサルトが割って入る。


「してるとも。夜干舎は私がつけた名前で、既に別物だとね」


 セリアンスロープは両手を広げる。演技がかった振る舞いだった。


「でも、ウゴウにとって夜干舎は一つだけなんだ」


 寂しく笑う。


 事の根底は書類の問題ではないのだと、リシアは気付く。


「向こうが元祖でこっちが本家とか、そういうので済む話じゃないわけ?」

「そう割り切れたら苦労しないさ」

「……退く気は無いのですか」


 静かにフェアリーが尋ねる。核心に触れたような気がした。


「ああ。この名前に愛着がある。『夜干舎』の代表は私だ」


 言葉が、蝕むような熱を帯びている。リシアは襟ぐりに指を差し入れ、空気を通した。一方の夜干舎組合員も代表のかつてない気迫に気圧されたのか黙り込む。


 代わってバサルトが進行を務めた。


「で、二つ目の問題は」


 ケインの焦熱が嘘のように引いた。目を泳がせている。


「うん、もう一つね。そっちはちょっと毛色が違って、個人的というか」

「個人的な書類の問題って何さ」


 重々しく尋ねたハロの言葉を掻き消すように、簾が巻き上がる。


「犬も食わない」


 一言、店主は告げて空いた皿を簾の隙間から引き込む。バサルトが一瞬目を見開き、笑った。


「そういうことか。お嬢ちゃん達が聞くには早そうな話だな」


 きょとんとして、リシアは各々の顔を見る。唯一同じ心持ちなのは同輩だけのようだった。

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