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様子見

 あ、と小さく声を漏らした途端、セリアンスロープの姿に焦点が当たった。何故気付かなかったのか不思議なほど近くにいた彼女を見上げる。


 心配気に耳を寝かせ、ケインはリシアに話しかける。


「……嫌な目にあったね」


 思わずハロとケインの顔を見比べる。


「ケインさんも居たんですか」

「ああ」


 沈んだ声に、何と返そうか悩んでしまう。


 何故ハロと共に現れなかったのか。疑問が粗方形になったところで、先んじるようにケインが口を開いた。


「ああいう時、セリアンスロープは居ないほうがいいんだ」


 一瞬固まり、理解する。


 あの衛兵が自身をどう思っているか、彼女は熟知しているのだ。だから、ハロを向かわせたのだろう。


「ハロもありがとう」


 代表の感謝にハルピュイアは肩をすくめた。もとより彼自身は乗り気でもなかったのであろうことは想像に難くない。


「お友達は?」


 ぶっきらぼうにハロは尋ねる。


「アキラは先に……浮蓮亭に向かってもらった」

「ふうん」


 不用心だね。


 そんな言葉を告げられそうな気がして、リシアは息巻く。


「忘れ物を取りに行くだけだったし、役所であんな事する人がいるなんて、普通、思わないでしょ」


 熱気を吐き出す。途端、自身を客観的に見るだけの冷たさが流れ込んだ。


「……ごめんなさい。逆上しちゃって。助けて、もらったのに」


 途切れ途切れに告げる度視界が歪む。耳元で装飾品が擦れ合う音が響き、頭に微かな重みが被さる。


「理不尽だったね」


 かけられた言葉は何を指していたのか。考える間も無くリシアは俯く。


「どうする?浮蓮亭に行くかい?」

「……はい」

「うん。そうだ、誠に勝手ながら今の君の姿は誰にも見えてないんだ。このままでも良いかな」


 頷く。所在ない手に巻衣の布が纏わりついた。反射的に握り込む。


 布に引かれ、歩き出す。


「学苑がどうにかしてくれるといいんだがね」

「あいつらが握りつぶす可能性だってあるじゃん」

「あの受付嬢はそんな事をするようには見えん。ましてや同じ女性だ」


 二人の会話を聞きながら煉瓦敷きの道を見下ろす。何事もなければ、当然この話は学苑に伝わる。その際にあの男の言い訳のようなことを、また誰かが言い出さないか。それを跳ね除けることが出来るのか。


 鬱々としたまま、道を行く。


「そろそろ着くよ」


 途中ケインが告げた。異国通りの路地前に立ち、リシアを見つめる。


「さっきのことは、話さない方がいいかい」

「……」


 黙する。


 話せば、きっとアキラは心配する。それどころか自分がついて行けば良かったと責めてしまうかもしれない。


「出来れば、言わないでほしい」

「うん。ハロ、そういうことで」

「バレると思うけど」


 つまらなさそうにハロは言う。


「あの子、そういうところがあるでしょ」


 確かにそうだ。だが、言い出せるはずもない。


 黙したままのリシアを見て、決定を察したのかハロはそれ以上何も言わなかった。


「それじゃあ、入ろうか」


 先にケインが路地に足を踏み入れる。薄暗闇の中で、扉が開いた。


「こんばんは店主。おや、バサルトもいるのか?」

「ああ、女学生もいるぞ。もう一人を待ってると聞いた」

「実はそのもう一人とたまたま出会ってね。一緒にやって来たんだ」


 会話が響く。開いた扉から、アキラの顔が覗いた。


「リシア」


 逆光の中、いつも通りの真顔が浮かぶ。リシアもいつも通りの表情を作ろうとして、少し口端を歪めた。


 いつも通りは、どうだったか。


「何かあった?」


 すとんと何かが落ちたような硬質な声音で尋ねられる。首を横に振り、扉へと向かった。後からやって来たハロが閉じかけた隙間をすり抜け、いつもの指定席に腰掛けた。


 店内にはアキラとバサルト、先に別れて浮蓮亭に向かっていたと思わしきライサンダーが集っていた。見慣れた面子に会釈をし、「顛末」を告げる。


「手帳、無事見つかった。受付の方が預かってくれていて」


 笑う。


「こんなうっかり、もう二度とやらないようにしなきゃ。中に色々と大切なことも書かれてるし」


 笑う。


「ほんとに……」


 ため息をつく。ごく自然なはずの吐息は、予想以上に熱く湿っぽかった。


 はっとして、アキラの顔を見る。何か言いたげに口が開いた。


「……蛇、預かってもらった」


 想像とは違っていた言葉に虚をつかれる。一拍置いて答える。


「あ、ああ、蛇ね。ありがとう店主」

「兜煮にするか?」

「え?いや、換金でお願い」

「そうか。アキラは割と乗り気だったんだが」


 身構えてはいたものの、アキラは踏み込む気は無いようだ。先程の様子を見るに勘づいてはいる。ただ、様子をうかがっているのだ。


 その慎重さが、今はありがたい。


 調理場前の席につく。


「お弁当とても美味しかった」


 簾の向こうにいるのであろう店主に告げる。


「どうも。次も楽しみにしてくれ」

「うん」

「換金と言ったか。前と同じように一日は待ってもらうが」

「ええ。よろしく」


 会話がぎこちないと思っているのは、リシアだけだと信じたい。いつの間にか出されていた水を飲む。冷気を取り入れても、緊張は解けなかった。

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