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入浴

 立ち込める熱気と唸る機械音に、呆然として口を開ける。一時の盛況もいくらか収まっているかと考えて、蒸気機関を一目見ようと帰り際に立ち寄ったのだ。「炉」とは違う、巨大で無骨な技術の塊の前でぽつりとリシアは呟く。


「遺物に頼らないって、こういうことなんだ」


 いつか浮蓮亭でアキラの伯母が言っていた事を思い返す。一国を滅ぼすほどの力を持ちながら、不完全に利用できてしまっている力。その力をこうして、我々の理解できる技術で代替していくべきだと言っていたはずだ。最も、リシアにはこの蒸気機関の仕組みも完全には理解できていないけど。この蒸気機関にも専任の技師がいるのだろう。


「確かにこの熱さなら、お湯も沸かせそう」


 一方のアキラは汗を拭いながら排熱の利用について意見する。その言葉を聞いて、自身の惨状を思い出した。生乾きの赤黒い汚れは一目で血液だとわかってしまうだろう。更に服だけではなく、顔や髪にもこびり付いている。他人が見たら、医療班を呼ばれてしまいそうだ。


「今まさに、お風呂が欲しい」

「入る?家の」

「うーん……ううん、ありがとう。それなら急いで家に戻るのと変わらないし、迷惑かけちゃう。着替えもないし」

「着替えならおばちゃんのがある」


 魅力的な提案だが、アキラや伯母に迷惑をかけるわけにもいかない。リシアとの身長差を考えると、服の大きさ自体には問題はないだろうが。


「もともとある程度汚れや水を弾くように加工されてるから、そんなに不快ではないよ。後は役所で手続きをして……」


 言葉を切る。この格好で役所に行くのか。本職冒険者でも、ここまで汚れている事はない。黙したリシアを見て、改めてアキラが聞く。


「やっぱり、お風呂入る?」

「……お借りします」


 頭を下げる。今日のところは真っ直ぐ家に帰るという手もあるが、素材の売却までは済ませたい。


「あと、体調は」

「今のところは問題ないよ」


 なおも心配げなアキラを見て、変化を感じる。これまではリシアばかりが気を遣っていたような気もしていたが、アキラもリシアを気遣うようになっている。互いに慮ることが出来ている、ということだろうか。


 アキラの配慮に感謝しながら、駅を出る。蛇との激闘は時間がかかったように思えたが、まだ空の縁は朱い。これなら風呂を借りて役所へ行っても、遅い時間にはならないだろう。


 背後からは人も流れてきている。皆迷宮から戻ってくる、エラキスが一番賑やかになる時間の始まりごろだ。


「ほんのちょっとだけだったんだ。迷宮にいたの」

「でもいつもより戦利品は多いと思う。スローネさんのお陰でもあるけど」


 そう言って一瞬口を横に引き結んで、アキラは荷物を抱え直した。


 二人は水鳥通りへ向かう。途中住人とすれ違い、明らかに怯えられてしまった。少しへこみながらリシアは背筋を伸ばす。


「やっぱり血塗れは怖いよね」


 今度からは着替えも持った方がいいか。鞄の空き容量を考えると、悩みどころだ。一枚で済むような着衣なら嵩張らないかもしれない。家に帰って箪笥を漁ろうと決める。


 アキラの家に辿り着き、早速浴室を借りる。釜を動かして配給しているのか、すぐに適温の湯が出てきた。集合住宅の場合、暖房も含めて手間がかからないのは羨ましいことだと、髪を洗いながら思う。


 粗方血を流して腹部を見下ろす。体当たりを受けた箇所が少し青み掛かっているような気がして、眉を顰めた。


「リシア」


 浴室の扉越しにアキラが声をかける。


「着替え、ここに置いとく」

「ありがとう」


 短いやり取りの後、アキラは別室に移動する。その間に体を拭い、用意された衣服に手を通した。


 少しばかり着丈は大きいが、問題は無さそうだ。


 居間を覗き込んでアキラに声をかける。


「お待たせしました」

「あ。大きさ大丈夫そうだね」

「ええ」


 アキラもいつの間にか着替えていたようだ。返り血のついていないジャージのように見える。


「違う体育着?」

「うん。三着ぐらいある」


 制服の替えもそのくらい用意することはあるだろう。そう思うことにして、アキラが背負ってきてくれた荷物に手をかける。


「アキラ、お風呂と服ありがとう。ちゃんと洗って返すね」

「またこの後、役所まで行くよね」

「ええ。でもアキラは家まで来てるし」

「最後まで付き合うよ」


 だから、任せて。


 そう言ってアキラは蛇を包んだ荷物を抱えた。報告までが依頼、ということだろう。口角を上げる。


「それじゃあ、いこっか」


 アキラの家を出て、再び駅方面へと向かう。汚れを洗い流したせいか夜風が気持ちいい。普段着ることのない意匠の服も、少しだけ足取りを軽くさせてくれた。


「おばさまの服、素敵」

「よそ行きの服はアガタさんが選んでるよ」

「そういえばあの方もお洒落だったね……」


 以前会った時はそうは思えなかったが、アキラと同じで衣服や身なりにはシノブも無頓着なのかもしれない。その分周りに気遣ってくれている人がいるというのも、羨ましい話だ。


 少しだけ裾をつまむ。


 今度服を仕立てる時は、参考にしよう。

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