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思い馳せる

 然程待つこともなく、ハルピュイアは戻ってきた。あのフェアリーも共かと一瞬警戒したが、その様子は無い。天使が開けた穴から顔を覗かせて、代表を呼ぶ。


「さっさと売って戻ってこいって」

「ヒト使いが荒いな。どちらが代表なんだか」


 溜息を吐きつつセリアンスロープは立ち上がる。続いてスローネもヒトの形を取り戻した。


「もう行きますか?」

「ああ。スローネも手伝ってくれ」

「ええ、ええ」


 包みを抱えて、冒険者達は女生徒二人に一度目を向ける。


「それでは、私達はこれで」

「また会いましょうね」


 ひらひらと外套膜を振る天使に釣られて手を振った後で、リシアは慌てて頭を下げる。


「ありがとうございました」


 セリアンスロープが傘を傾け会釈を返す。開いた穴の向こうに「夜干舎」は消えた。


 後には女学生達と血溜まり、横穴だけが残された。


 この穴、そのままなのか。


 去った後でそんなことを考える。近道にはなるかもしれない。手描きの地図にこっそりと横穴を書き加えて、アキラと顔を見合わせた。


「私達も帰ろうか」

「うん」


 地面に降ろしたままの素材を取ろうとして、アキラが声を上げる。


「あ」

「どうしたの」

「弁当」


 リシアもまた「あ」と声を上げる。すっかり忘れていた。


「本通路に出てから食べない?もしかしたら此処には他の蛇もいるかもしれないし」

「お腹の具合は大丈夫?」


 心配気にアキラは尋ねた。自身の腹をさすってみる。


「小腹が空いてるかも」


 虚勢ではなく笑ってみせる。リシアの様子を見て、アキラは少し気を抜いたように肩を落とした。


「それじゃあ、本通路まで」

「うん」

「荷物は私でいいよね?」

「ありがとう」


 軽々と素材を背負い、アキラは本通路へと向かおうとする。ふと気を引いたのか横穴を覗いて、リシアを手招いた。


「凄い。これ大きい通路まで続いてるかも」


 ええ、と声をあげつつ穴を覗く。アキラの言う通り、掘削痕はこの一つだけではなく幾つか壁を貫いていた。ええ、とまた違う意味で声をあげる。


「近道近道」


 さっさと穴を跨ぐ同行者の後に続く。滑らかな縁に触れると、乾きかけの滑りがこびりついた。糊のようなそれをまじまじと見つめる。あの天使の分泌物だろうか。


 もしかしたら、掘り進んだ穴をこの分泌物で補強しているのかもしれない。手を制服の裾で拭きながらそんな事を考える。


「リシア、どうかした?」


 次の穴からアキラの顔が覗く。首を横に振り、隣の通路に降り立つ。


 流石に本通路までは貫かれていながったが、随分と距離は稼げた。最後の一本道を歩きながら呟く。


「もしかしたら、他の迷宮はスローネさんみたいなヒト達がたくさん近道を作ってるのかな」

「それもう迷宮じゃないね」

「確かに迷いはしないね……」


 アキラの返答を聞いて妙に納得をしつつ、本通路に出る。波の切れ目か、人の姿は無い。つい先程別れを告げた「夜干舎」の姿も見当たらなかった。


「この辺でいい?」

「うん」


 人目が無いのをいいことに、道端に腰掛ける。腰に回した鞄から紙箱を取り出した。


 今日はなんだろう。心をときめかせながら解く。


 捻ったような形の白いパンと、飴色に輝く和物が詰まっていた。


 まず、パンを手に取る。以前浮蓮亭で何度か料理に添えられていた蒸しパンのようだ。切れ込みが入っていて、茶色く煮込まれた肉と青菜が挟まっている。


 前回のチマキに負けず劣らず、しっかりと腹に溜まる食事だ。二人は夢中でかぶりつく。


 続いて和物に刺してあった楊枝を摘む。飴に包まれた丸い何かが糸を引く。頬張ると、微かな歯触りの後に爽やかな酸味が溢れた。柑橘類の未熟な果実のようだ。後を引く味に手が伸びる。


「……東方って、良いところなのね」


 溜息をつく。


「こんなに料理が美味しいなんて」

「行ってみたい?」


 アキラの問いに、少し考え込む。大陸のそのまた端。気が遠くなるような旅時の果てに、確かに存在するのだ。そして手元の弁当を作ってくれた店主のように、そこからやってきたヒトも確かにいる。


「いつか、行ってみたいかも」


 淡い憧れを告げる。その言葉を聞いて、アキラはどこか嬉しそうに頷いた。


「冒険者になったら、いつかはそこの迷宮に行くことも、あるかもしれない」


 夜色の目が、より深い色を映す。


「どんなところなんだろう」

「……てっきり、国や街かと」


 ぽつりとリシアは呟く。我に返ったようにアキラはいつもの無表情を貼り付けた。


「うん。そう」


 再びアキラはパンを頬張る。もしかしたらアキラにとって、異国の食事は迷宮と密接に結びついているのかもしれない。こうして迷宮内で食べる機会も多いのだから。


 きっと、そうだ。


 諸々の齟齬を無理矢理、柑橘類と共に飲み込む。


 程なく二人は食事を終え、再び帰路に着く。


 大荷物を抱えていても、いくらかアキラはリシアよりも足が速い。階段を昇る後ろ姿を追う。一歩一歩段を踏むごとに、体のどこかが軋んだ。アキラも少し遅れている同行者が気になったのか、時折足を止めては振り向き、すぐに前を向く。


「平気?」

「うん。あとちょっとだし」

「……昇降機、早く作ってくれるといいね」

「おばさまにお願いして」


 何でもない軽口に、アキラは笑い声を漏らす。浮かべているであろう笑顔が背後からは見えないのが、少しだけ残念だった。

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