抜け殻
「倒せると思う?」
囁く。作戦会議とも弱音ともつかない言葉に、アキラは難しげな表情を浮かべた。
「ヒドラみたいなものだと思えば……いや、大きさが違いすぎる」
「ウィンドミルで焼き払おうにもね」
ため息をつく。長大な蛇の一部を焦がす事はできても、即座に仕留める事は難しい。もたもたしているうちに巻き付かれるか押し潰されるか、あるいは一呑みにされるか。
手を出さない方が無難。
その認識は二人とも共通のようだ。
問題はその先にある。
「あれをそのままにするのは、危険だと思う」
アキラの言葉に頷く。今まで被害の情報が入ってこなかったのが不思議なほどの大物だ。それが活動を始めているのなら、予断を許すような状況でもないはずだ。
一走り、駅の事務局に駆け込むのも手か。
「一度戻って、報告して、それから」
考え込む。
「証拠とか、必要かな。あの大きさを伝えないと相手にされない気もする……」
学生が足を踏み入れないような深部なら、こんな報告は急いでせずとも良いのだろう。
駆除するためにやって来たのに、その駆除対象に怖気付いて踵を返すとは、情けないと思わないでもない。
担いだ網がずり落ちる。反射的に肩を動かして担ぎ直した。
そうだ。何のために網を持って来たのか。
出来る限りの対策で、「次の段階」に進もうとしたのだ。
「追ってみる」
アキラは目を丸くした、ような気がした。
「って言ったら、反対する?」
同輩の目がゆっくりと、リシアと網を見比べる。最後に手元の剣に視線を落として口を開いた。
「ううん。ただ、引き際は見誤らないようにしよう。お互いに」
心強い言葉だった。
「ありがとう。まずは、様子を伺ってみよう」
蛇が消えていった通路に向かう。ふと、思いついて立ち止まった。
「ここの通路、回り込めたような気が」
手帳を捲る。以前描き記した簡易な地図と現在地を照らし合わせた。
「逆に回り込まれることもある?」
「そっちの方が危険だよね」
少し考え込む。
「さっき、どうして蛇がいるってわかったの?音は全然しなかった」
「光の反射」
振り向く。これまでに来た道は、ある程度は瓦斯灯が点っていた。だが行先は光が疎らで薄暗い。
それに、アキラが蛇を見つけたのが視覚に頼るものなら、回り込まれることへの対処もできない。
ひとまず小物入れから手燈を取り出す。
「あの蛇の後を追いかけよう」
ウィンドミルを振るう。微かな熱が炎を灯した。
「縄張りを巡回しているのか、餌を探しているのか。どちらにしろ、異変が無ければ『振り向く』事はない」
地図を指先でなぞる。
「ここから先に、少し膨れた通路がある。さっき網の練習をしたような場所」
「そこで仕掛ける?」
アキラの率直な言葉に気圧されながらも頷く。
「うん。追いつけたら」
「……わかった」
剣を抜いたままアキラは一足先に蛇の消えた道へ向かう。
「あ、待って」
そのまま、追いつきそうにもないほど遠くへと進みそうな同輩を呼び止める。
異変を即座に察知することができるのはアキラの方だが、土地勘があるのはリシアだ。諸々の差異を鑑みて、指示を出す。
「アキラ。私が後に着く。灯をもって、道なりに進んで」
リシアの指示を受けて、アキラはわかりきったように返事をする。
「背後は任せた」
リシアもまた頷く。
「網を使うのは体全体が覆えるような時だと思う。もし、この先での様子がわかったら」
「その時は、リシアに言う。今は持っていてほしい」
「うん」
アキラの両手は剣と灯で塞がっている。その場その場の判断で、的確な立ち回りをしなくては。網を担ぎ直し、周囲を見渡す。
「行こう」
告げるとアキラは頷いて、静かに通路を先立った。
薄暗がりを灯とウィンドミルが照らす。これまでの獣臭とは異なる生臭さが、通路の奥から漂ってきた。思わず顔を顰め、リシアは肩越しに振り向く。
ドレイクはセリアンスロープほど嗅覚に頼る事はない。それでも嗅ぎ慣れない異臭には不快感を露わにしてしまうし、他の臭いが紛れてしまうことを本能で「情報の損失」と捉える。結果、警戒心が煽られる。
気を張って歩くうちに、微かな足音に違和感を覚えた。
視線を落とす。
鱗のようなものが光を照り返した。
先程の光景を思い返して、息を呑んで注視する。
「抜け殻だ」
小さく呟くと、アキラはすぐに立ち止まって振り向いた。リシアの足元を見つめ、腰を落とす。灯を掲げて興味深げに目を瞬かせた。
「こういうのも、何か素材になる?」
冒険者然とした言葉に思わず気が緩む。皮革の代替や、ある種のお守りとして利用するとは聞いたことがある。ただ、エラキス周辺ではそういった利用は目にした事がない。それでも以前の巨蟲の筋繊維と同じように、リシアの知らない利用価値があるかもしれない。放置するよりは持ち帰った方が得策だろう。
「どうだったかな。でも、拾っとこ」
もう一度背後を確認して、リシアは抜け殻を拾う。目撃した図体から予想すると、ほんの一片だろう。微かに光を透かす脱皮殻からは、臭気がより強く臭った。




