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 これを最後の一投と決めて、網を投げる。満足のいく仕上がりになったことを確認して、リシアとアキラは顔を見合わせた。


「コツ、掴めたかも」

「うむ。飲み込みが早いね」


 腕を組みながら頷くケインの隣で、ハロが呆れ顔でぼやく。


「ほんと、調子いい」

「ハロの教え方も良かったんだ」

「はいはい」


 肩を竦めるハルピュイアにフェアリーが荷物を渡す。そろそろ約束の十分が近い。急いで網をまとめ、リシアは夜干舎に礼を告げる。


「あの、ありがとうございました!」

「いいんだいいんだ。ハロもいい運動になっただろうし、冒険者同士こんな形で手を貸すのも大事なことさ」

「それっぽいこと言ったつもり?」


 ケインとハロの応酬を見て苦笑いをするしかないリシアの側で、アキラも深々と頭を下げる。


「網を持っていても、油断はしないでください。動きを止めた後は自身の手で仕留めるのですから」


 肝心な「その後」について言及したフェアリーにも会釈を返す。


「ライサンダーは見てるだけだったね」

「恥ずかしながら網は苦手で」


 飛び火のようなハロの小言にも動じずフェアリーは返す。


「腕が絡まるんです」


 そう言いつつ、時計を確認する。


 この三人のうち、最も職務に忠実で厳格なのは彼なのかもしれない。


 一歩引いたような態度を思い返しながら、リシアはアキラに声をかける。


「依頼、行こっか」

「うん」


 もう一度、夜干舎向かって頭を下げる。


「早速、実践してきます」

「気をつけるんだぞー」


 大きく手を振るケインに此方も手を振り返す。三人が去り、静けさを取り戻した小通路で手帳に挟んだ依頼書を手に取る。


「やっぱり、親切だよね」


 アキラの呟きに頷く。確かに、ケインはともかくとして普段から小言が多いハロもなんだかんだ付き合ってくれたのだ。今回はあまり口を出すことはなかったライサンダーも、アキラが怪我をした時には諭してくれた。


 浮蓮亭で出会い、交流を深めることができた本職冒険者が彼等で良かったと、心の底から思う。


 だからこそ、もう一つの「夜干舎」とのいざこざが気掛かりではあるのだが。


「奥に行ってみよう」


 網を肩にかけ、小通路を進む。


 前回の依頼ではネズミが蔓延っていたが、今は少し落ち着いているようだ。あの耳障りな足音はどこからも聞こえてはこない。


 静かすぎるほどだ。


「あんなにいっぱいいたのに、巣も無い」

「あれから日も経ってるし、学苑の生徒や冒険者が粗方駆除しちゃったとか」

「捕り尽くされるってこともある?」

「それは……どうだろう」


 そうなると、リシア達の「成果」は挙げられないのかもしれない。数が報酬に繋がるだけに、キノコ狩りの時と似たような焦りが生じる。


 以前あんなに恐ろしい目に遭ったというのに、現金なものだと自嘲する。


 足音だけがどこかで反響した。しばらく、無言のまま道なりに歩く。


「そういえば」


 緊張が途切れかけたのか、アキラが口を開く。


「前、デーナさんが何か落とし物を拾っていたよね。あれは誰のものだったの」


 一瞬思考が停止する。以前の冒険を思い返して、やっと腕章のことを思い出す。ネズミと救助で埋もれてしまっていた。


「ああ、腕章のこと?」

「多分それ。布みたいだった」

「あのまま第六班が持ち帰ったから、どうなったかはわからない。でも、あの子のものだったんじゃないかな」


 挟まるような違和感を覚えた。


 あの腕章は確か、医術専攻の生徒が身につけるものだ。怪我をした時に真っ先に呼ぶ者、そして有事の際に真っ先に守る者を即座に見分けるための印。


 仮に腕章の持ち主があの女生徒だったら、あのように手当ても出来ず力尽きるのだろうか。


 そもそも彼女は、医術専攻の必需品である専門的な薬品や処置道具を持っていなかった。リシアが何とか担ごうと試みる程度には軽装だったように思える。


 あの装備はどちらかと言うと、斥候か軽戦士のものに近い。


 連鎖するように更なる引っ掛かりが生じた。


 つい最近、欠員が出たような話を聞いた気がする。


 つい最近、腕章を失くしたという話を聞いた気がする。


 取り止めのない情報の繋がりを断つように首を振る。後で、だ。今は依頼に集中するべきだ。


「どうしたの」


 傍らでアキラが心配気に尋ねる。何でもないと言おうとして、彼女を見上げた。


 夜色の瞳が逸れる。


「今」


 剣の柄に手をかける。何の音も聞こえず、気配も無かった。アキラと同様に臨戦態勢を取りながらも、リシアは同輩が察知した異変の所在を探る。


 ほぼ一本道の通路だ。何かがあるとしたら、向かう先か来た先か。背後を振り向き、天井を流して進行方向を見据える。


 何かが光を反射し、ちらついた。


 染み出した水が光っているわけではない。暗い通路の地をみっちりと覆う輝きの帯は蠕動し、弧を描くように奥へと消えていった。


 呼吸も満足にできないまま、「何か」が去るのを見届ける。


「大きいヒドラ?」


 アキラの問いに声を押し殺して答える。


「ヒドラは鱗無い」


 蛇だ。


 いつか聞いた第六班の武勇伝が脳裏をよぎる。


 ウワバミを駆除したという班長も、その右腕も、今は側にいない。

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