装飾品
「力み過ぎ」
「はい」
ハロの指導のもと、再びアキラは網を手にする。陥没した一点を見つめつつ、やはり練習は必要だったとリシアは一人安堵する。
意外な一投目ではあったが最初のぎこちない動きは既に無くなり、流れるような所作で再び網を投げる。ハロのようにはいかずとも、覆いかぶさるように網目が開く。
「割と出来てるじゃん」
ハルピュイアはそう言うが、アキラ自身はまだ納得はしていないらしい。もう一度網を手繰り寄せる。
「む……」
上体を捻り、手放す直前の動きを何度も反復する。このままだと収拾がつかないような気がして、恐る恐る声をかける。
「アキラ、私ももう一度投げてみたい」
「うん」
どこか釈然としない表情ではあるが、アキラはリシアに網を引き渡した。勿論、ただの口実ではない。リシア自身まだアキラほどに上達はしていないのだ。先程のアキラとハロのやり取りを思い返して網を放る。
上達しているかもわからない軌跡に首を捻る。
「ううん……」
「女学生女学生」
軽く肩を叩かれる。目線を合わせるように少し腰を屈めたセリアンスロープが、声を潜めて囁く。
「まだ五分も経っちゃいない。大丈夫だ大丈夫」
ふと、身体中に力が入っていることに気がついた。「力み過ぎ」というアキラに向けられていたはずの言葉が脳裏をよぎる。肩の力を抜くように息をつくと、ケインは口端をにいっと吊り上げた。
「教えられるほど上手くはないんだがね、どれどれ」
装飾品だらけの手が、手の甲に触れた。ひやりとした銀細工の質感に背筋を伸ばす。
「こう弾みをつけてね」
ただ触れているだけで強く力がかけられているわけでもないのに、ケインの誘導のまま体が大きく動く。
「放す」
普段の反射よりも速く、手が言葉に従った。ハロの投網のように、ふわりと網目が広がる。
「おお……」
驚くリシアの隣で、ケインは満足げな表情で頷く。
「できるじゃあないか」
「今の、もしかしてまやかしか何かですか」
「うん?いやあ、そんなことはないよ」
そう告げた後で、促すように手首を返す。装飾品が音を立てた。
「感覚を覚えているうちに、もう一回投げてみて」
「はい」
言われた通り、網を手繰り寄せて腰に引きつける。必要以上に力を込めることなく、網を投げる。
先程と寸分違わない状態で、網は地を覆った。
「やった……!」
「よしよし。次はアキラの方だな」
リシアの練習中も上体を捻り続けていたアキラに網を差し出す。
「君もリシアみたいに教えようか」
「お願いします」
「結局ケインが教えちゃってるじゃん」
手持ち無沙汰になったハルピュイアは不満げに口を尖らせる。
「ハロの教えも役に立ってたぞ。基本的な動きは君のものだったし」
宥めるように告げながら、ケインはアキラの手を取り網を振る。
「最初っからケインがまやかしで無理矢理教えればよかったんじゃない?」
「まやかしは使ってないぞ。ほんとほんと」
風を切るような音が響く。リシアのそれよりも大きく遠く、網は広がっていった。
「ほら。証拠だ」
純粋な教え方と飲み込み、と言うことなのだろう。ならば、先程リシアがうまく投げられたのも自身の力ということだ。どこかほっとして、胸を撫で下ろす。
「私もこうやって、網やら罠やらは教わったからね」
アムネリスには世話になったよ。
先日であったフェアリーの名を、感慨深く呟く。
「なんか意外。こういうの出来るようになったの、冒険者になってからなの?」
ハロの問いにぴんと耳が立つ。
「そうだな。故郷では網を投げられるような川も無かったし……あっても生まれが違ったからね」
「生まれ?」
二投目を取りやめアキラが振り向く。
「故郷では生まれた家や血筋で、職業が決まっていたんだ。そう珍しいことではないだろうが」
セリアンスロープはひらひらと手を振る。装飾品が光を散らした。
「私は細工を生業とする家の生まれだ。冒険者になるまで、他の職に関わる道具には触れたことがなかったんだ」
「そこまで行くと極端だね。窮屈そう」
「窮屈ではあるが、誰にでも仕事が割り振られているという点では案外良いものだったのかもと今では思うよ」
郷愁だろうか。ケインは瞳に寂しげな色を湛える。
「色々あって、私は家の仕事を学ぶ機会が無かったんだが……ああ、そんなことより。これが私の家で作った細工だよ」
一転、両手を大きく伸ばす。指の先から巻衣に隠れる手前まで、腕を彩る数々の装飾品は改めて見ると壮観だ。そのいずれもが大きすぎたり小さすぎるわけでもなく、ケインの体にぴったりと合っていることに感心する。細工物については詳しくはないが、腕の良い細工師が彼女のために誂えたのだろう。
「思い出の品、なんですね」
「うーん、困ったら売ったりもするけどね。身につけられるからお金ほど持ち運びに困ることもないし」
なかなか現実的な答えが返ってきて、リシアは閉口する。
「まあ……手元にあることに執着はしないよ。最後の一個となったら、ちょっと考えるかもしれないけど」
飾り立てられた指が頬に伸びる。
「その最後の一個も、知り合いが持っているだろうし」
何故だか呆れたような表情で、ケインは頬を軽く掻いた。




