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投網の練習

 第一通路への道は、いつかの小通路騒ぎに引けを取らない活気に満ちていた。人波に飲まれそうになりながら辺りを見回す。所々に姿の見える学苑の生徒は、盛況の理由を知る由もないのか困惑したような表情をしていた。


「君らはどこまで?」


 隣を歩くセリアンスロープの質問に、地図を思い返しながら答える。


「最初の小通路から始めようと思っています」

「お、ということはそろそろお別れだね」


 装飾品だらけの指が通路の奥を指差す。


「私達は通路の更に先に用があるんだ」

「依頼、頑張ってください」

「ありがとう。そっちも怪我とかには気をつけるんだぞ」


 屈託なく笑った後、赤銅色の目が一点を見つめた。携えた紙袋に視線が注がれていることに気づいて、リシアは袋の口を開ける。


「あ、これは……」

「網か。使ったことはあるかい」

「それが、今日初めて使うんです。やり方は教えてもらったんですけど」

「結構難しいぞー」


 歩きながら、ケインは上体を捻る。


「こう、腰を使って、バーッと」

「やっぱり使う機会は多いんですか?駆除とか」

「駆除でも使うし、長丁場の依頼で食事が必要になった時にも重宝するな。水場があればだが」


 つんとした耳が跳ねる。


「結構、得意なんだぞ」

「依頼の途中でしょ。集中して」


 普段なら絶対に口にしないであろう台詞を宣い、しらけた表情をする。そんな組合員に代表は軽口を叩いた。


「なあに、警戒するな」

「ちょっとそこで教えてやろうとか言いそうだもん」

「よくわかるなあ」


 にまにまと笑う代表と目が合う。何か見透かされたような気がして、リシアは嬉しいやら居た堪れないやら複雑な気持ちになる。


「君も何期待してんのさ」

「その、もし教えてくれるのならすっごく有難いし……」

「ケインのそういう思いつきで振り回さないでよね。ライサンダーもなんとか言ってよ」


 くるりと尾羽を翻してハルピュイアは振り返る。もう一人の班員は懐中時計を取り出し、考え込むように触覚を下げた。


「十分は余裕があります」

「よし、十分だな」


 ケインは立ち止まった。


 小通路のぽっかりと空いた口が、すぐそこにある。


「ちょっと時間を貸してくれ」

「ぐぅ」


 例えようのない表情をするハロを宥めるように、ケインは一つ提案をする。


「復帰練習の一環だと思って」


 なおも納得がいかない様子だが、一先ずは従うことにしたようだ。ケインを押し退け小通路に踏み込むハロの後を一行はついていく。


「雑に投げつけるだけでもそれなりの拘束力はあるが、練習するなら広いところがいいな」


 そう呟くセリアンスロープの意を汲んだのか、勝手にここと決めたのか、少し道幅の膨らんだ場所でハロは歩みを止める。


「はい。十分ねー」


 告げるなり壁に体を預け、見物の姿勢を取る。


「練習練習」

「網の練習は別に必要ないもん」


 ぐずぐずと二人が言い合う最中、もう一人の組合員が声をかける。


「一度広げてみましょうか」

「はい」


 紙袋から新品の網を取り出す。包みを解き、地に投げ出すように広げた。然程大きなものを買ったわけではないが、小通路の一角を優に占める。


「小型の生き物向けですね」

「狙えるのはネズミや、大きくてもクズリかなと」


 広げた網をたくし集める。前日、本で何度も確認した持ち方を思い返しながら網を抱え直した。


「確かこう……」


 少し不安になって、周囲をうかがった。いつの間にか口論を終えていたハルピュイアとセリアンスロープが、まじまじとリシアを見つめる。


「うん。纏め方は問題ない」

「投げてみなよ。なんならケインとかを目標にしたら」

「網の中でもがくのも案外良い訓練かもしれないぞ」


 軽口とも思えない応酬を交わしながら二人はリシアの傍に移動する。十分に網を放り投げ、広げられそうな空間を見据える。


 一先ず投げることに集中する。上体を捻り、網を手放した。


 べしゃり、と塊のまま網は数歩先に墜ちる。


「あー……」


 一投目が上手くいかなかったことに少し落ち込みながら、リシアはもう一度網を拾う。


「布を広げるようには行かないでしょ」

「うん」


 どこか意地の悪い響きを持つハルピュイアの言葉に頷く。細く白い手が差し出された。


「見本、見せたげる」


 意外な申し出に、リシアは一瞬面食らう。催促するように動く手に慌てて網の束を掴ませた。


「遠心力っていうの?もっと振り切らないとうまく広がらない、よっ」


 ぶわりと、白い網が広がる。金属音を包むように、丸く開いた投網は地を覆った。


「おお」


 アキラも感心するような声を漏らす。得意げにハロは網を引き集め、振り子のように揺らした。


「はい、こんな感じ」

「ま、待って!もう一回動き見たい」

「えー」


 せがむリシアの隣でアキラは繁々と網を見る。その視線に気付いたのか、ハロは声をかけた。


「君も練習?」

「やってみたい」


 渡された網を手に、アキラは狙いを定めるように腕を振る。これまでの経験から、アキラなら一度の指導で上手くやってくれるような気がした。はらはらともせずにリシアは同輩を見守る。


 上体を捻る。


 風を切る音と共に、錘が地を抉った。

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