浮き足
前情報のせいか、駅周辺はいつもより賑わっているような気がした。降って沸いた「蒸気熱」あるいは「索道熱」に浮かれているのは、夜干舎の面々だけではないようだ。
「多分、蒸気機関を見物に来た連中も多いぞ」
「そんなに珍しいもんでもないでしょ」
「少なくともエラキスでは珍しいもの」
肩を竦めるハロを見て、ほんの少しリシアは膨れる。地元が未開の地であるかのように言われるのは、納得がいかない。確かにちょっと前までは田舎と行っても差し支えない町ではあったが。
「少し暑いですね」
ぽつりとライサンダーが呟く。
「まだ煙が上っていないから、動かしてはいないだろう。みんなの熱気さ」
ケインはおどける。確かに蒸気機関には煙が付き物だ。濛々たる黒煙のせいで、ジオードでは肺を病む者も多いと聞く。エラキスもじきに、「煙の街」へと変わっていくのだろうか。
「……療養でエラキスにやって来たヒトも、結構いるのにね」
リシアの言葉に、ハロが目敏く反応した。
「あれ、さっきはワクワクしてたじゃん?」
「便利になるのは大賛成なんだけど、煙に関しては……ちょっと」
別に反対をしているわけではないが、非難がましい言葉にしかならない。複雑な思いで口を尖らせる。
「身内に体が弱い奴でもいるの?」
ハルピュイアの言葉にどきりとする。しかしすぐに、セリアンスロープの手が伸ばされた。
ぺちり、と軽く組合員の額を叩く。
「こら」
踏み込むな、とでも言いたげな行動にハロは口を噤む。問われた方のリシアもまた口を閉ざした。
「燃料はどうするんでしょうか」
「泥炭層の通路もあるので、そこから調達するのだと思います。石炭は中々量が出ないようですが」
「泥炭……乾燥に手間がかかりそうですね」
「他には木材でしょうか。量が取れるのは竹ですが、効率の程はわかりません」
一方でアキラとライサンダーは淡々と蒸気機関の話題を続ける。伯母の専門だからか、アキラもそれなりに知識はあるようだ。
「最新式は燃焼効率も良くなっていると聞きます。その分、煙も少ないかも。あと排熱の利用も気になります」
「暖房や風呂に使うところもありますよね」
「風呂!」
セリアンスロープが勢いよく耳を立てる。
「それは良い」
「風呂ねえ。まあ、あったらありがたいかも」
「駅やこの辺りで仕事帰りに一風呂というのは嬉しいな。何かと汚れるし」
身綺麗にしたいというのはリシアも同感だ。公共浴場に行ったことはないが、もし迷宮帰りに立ち寄れるのなら是非とも利用したい。
「まあ、何もかも稼働してからの話だけどね」
ハロは肩をすくめた。
「で、君ら今日はどこに行くの」
「第一通路へ」
「ああ……そっか。駆除って言ってたもんね」
「もう少し同行することになりそうだ」
夜干舎代表が微笑む。彼らも第一通路に用があるのか。
「事業が本格化したら、第一通路で会うことも増えるだろうね」
「もしかして、索道って第一通路を通るんですか」
「ちょうど良くジオード付近まで続いているからね」
元々踏破済みで、小迷宮までの出入り口以外には使われることもほぼ無かった通路だ。途中下車ができるのなら、索道として使われても不都合なことはないだろう。
「……もし、索道が開通したら」
突如、アキラが彼女にしては沈んだ声を発した。思わず立ち止まりそうになって、友人を見上げる。
「みなさんは此処を離れますか。今はエラキスに住んでるんですよね」
目を丸くする。
端的に言えば「寂しい」のだろう。だがアキラがそんな感情をここまで率直に告げるのは珍しいような気がした。
傍らのケインもリシアと同じように目を丸くして、首を横に振る。
「いやいや。折角長居できる宿と集会所を見つけたんだから、引っ越したりはしないよ」
「えー、僕ジオードから通っても良いけど」
「向こうは宿にしろ賃貸にしろ、これがね」
セリアンスロープの手ぶりを見て頷く。そういえば仮に索道が開通しても、無料で乗れるわけはない。諸々の金額も考えると、ジオード住まいも少し考える必要があるのだろう。
夜干舎の返答を受けたアキラの様子を伺う。
ほんの少し、安堵するような表情をしていた。
一行は駅の構内に踏み入る。以前通りかかった時に碩学院の印が貼られていた一画には、外とは比べ物にならない人だかりが出来ていた。
「おお、凄いな」
「あれは近付くのも大変そうだね」
よくよく見ると、冒険者や学生とは思えない服装の者もいる。周辺の住民も見物に来ているのだろう。
「帰る頃には人も少ないだろうし、その時に見よう」
「うん」
興味を引かれているのはお互い様だ。アキラと示し合わせて、人だかりから離れる。
「女学生達は見ないのかい?」
「帰りに空いていたら」
「それがいい」
ケインと会話を交わし、第一通路へ向かう。
その傍らを、何か覚えのある気配が通り過ぎた。
視界の隅で、大きな尻尾が揺れる。辺りを見回す。既に気配も、尻尾の主もいない。
「今」
思わず声を上げ、共に行動してきたセリアンスロープを向く。見たことのない表情を浮かべたケインは、耳をつんと立ててどこか遠くを見つめている。
「……ふふふ」
途端、破顔した。
「挨拶すらしないとは、徹底してる」
呆れたような、面白がるような、そんな声音だった。




