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辟易(2)

 薄暗い路地に入っていく女学生達を遠巻きに見つめる。ただでさえ学生の寄り付かない異国通りの、更に深部へ臆することなく向かうとは。同輩の迷いのない歩みを見るに、何度も足を運んでいるのだろう。はらはらとした思いで路地の入り口を注視するフォリエに、班長は声をかける。


「思ったより素行が悪いんだな」


 偏見に満ちた言葉をたしなめるほどフォリエも異種族に理解があるわけではない。なので、多少不愉快に思いつつも言わせるがままにした。


「制服通りでも裏通りに店を構えてるところなんて、怪しい場所ばかりじゃないか。異国通りの裏通りなんて……怪しすぎる」

「罠屋とか裏通りじゃない」

「そんなところあったか?」


 首を傾げる班長を見てため息をつきそうになる。これまでも資材の買い出しなどは、すべてフォリエ自身や他の班員が行ってきた。班長が顔を出すのは行きつけの集会所か薬局ぐらいか。ほとほと呆れる。


「それで、どうする」


 突然問われて、今度は唖然としてしまう。ここまで来てこれからの行動を委ねる気なのだろうか。


「どうするって」

「いや、まあ気になるし、フォリエも気になるのなら」


 歯切れが悪い。


 想像はつく。リシア達の行き先は気になるが、あの路地に踏み入る勇気が無いのだろう。大方、これまで買い出しに行くことが無かったのもそんな理由か。今更主体性のなさに言及するのも面倒で、フォリエは曖昧に微笑む。


「行ってみましょうか」


 代わりに方針を決める。こちらに任せたというのに、班長は「それが良いよね」などと宣った。


 この様子だと、最初に足を踏み入れるのも任せるのだろう。不愉快な気分が足を動かした。初めて歩く異国通りを、出来るだけ堂々と行く。同輩達が消えた路地を覗き込んだ。


 泥汚れの目立つ作業着が、目の前に現れた。


「あっ」

「おっとすまん」


 本職冒険者だろうか。禿頭の男は路地の片方に身を寄せる。耳も羽もない。同じドレイクであることに、少しだけ安堵する。


「いえ、こちらこそ」

「……もしかして浮蓮亭に用か?」


 有名になったもんだなあ、と男は笑う。もしや「浮蓮亭」とやらが、リシアの懇意にしている集会所なのだろうか。取り敢えず男の話に合わそうと頷く。


「はい」

「なら、この先だ。看板が見えるだろう」


 太短い指がさす先に、確かに看板があった。文字を読み取り礼を告げようとする。


「ありがとう……」


 まじまじとこちらを見つめる男と目が合う。一瞬、何度か晒された品定めをするような視線を思い出して体がすくむ。しかし男の視線は、それらとは少し違ったごく真面目なものだった。


「あんた、調子が悪そうだな。随分と顔色が悪い」


 息を呑む間に、男は次々と質問をする。


「食事や水分はきちんと取ってるか?吐き気がするとかは」

「そ、その」

「相談できる者は、周りにいるか」


 最後の問いが異様な質量を持って胸に響く。


 相談できる者、信頼できる者。そんな人、どこにもいない。

「あ……」


 慌てて口を押さえる。真面目に答えてしまいそうになった。


 それよりも、ひと目見ただけでどこまで「わかった」のだろう。このドレイクは。


「おい」


 随分と間を空けて、班長がやってくる。何か非難げな第一声だったが、続く言葉はフォリエの声にかき消された。


「あの、何のことです」


 狼狽する。どうにかして話を終わらさなければ。


「何のことを言ってるのか、さっぱり」


 震える声で察したのか、男は暫し言葉を探すように口を閉ざした。つるりとした頭を撫で上げ、厳しい顔を緩める。

「すまん、すまん」


 そう告げて立ち去る。


 横を通り過ぎる時、どこか心配そうにフォリエを一瞥したのに気付いて、目を逸らす。


「なんだ、あのおっさん」


 ドレイクの冒険者が十分に離れた頃、班長は佇む班員に話しかけた。


「なんか色々と聞かれてたけど、大丈夫か?ナンパとかじゃあないよな。もしかして知り合い?」

「いいえ。なんでもない。なんでもなかったの」


 拒絶するように言い放つ。肩に置こうとしていたのか、浮かせた手を班長は彷徨わせる。


「そう……」


 そうして今更、顔色を窺うような真似をした。


「なんか、調子悪い?」

「別に。大丈夫」


 聞き取れそうなほどに脈が大きく速く打つ。赤の他人が通りすがりに見てわかるのなら、もう時間はない。それまでに。


 ぽたりと汗がほおを伝い落ちた。


 遠く、厚い扉を隔てた場所からリシアの声が聞こえる。学苑では聞いたことのない、誰かと歓談するような明るい声だ。


 何もかもがうまくいっている、迷宮科の生徒の声。


 羨ましい、と心の底から思った。きっとリシアには、今のフォリエのような悩みはないのだろう。もがきながら稚拙な策略を練ることもないのだろう。頭が痺れて、何とか唇を動かす。


「ごめんなさい。やっぱり、体調悪いみたい。私、帰るね」


 流石の班長も、無理強いをすることはなかった。困惑が見てとれる挙動でフォリエに付き添う。


「えっと、依頼とかもまた今度でいいからさ」


 答えようとして口を開く。


 吐き気と共に心中の澱が溢れそうになって、堪らず口を塞いだ。

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