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辟易(1)

 ただ役所へ依頼を探しに行くだけだと、何度も告げた。それでも同行したいと言うので、やむなく班長と連れ立つ。


「依頼の見極め方とか、学びたいなと思って」


 今更そんなことを本気で言っているのだろうか。呆れつつ、これから会う男をどう説明するか考える。隣の班長ほど察しが悪いわけではないから、きっとこちらにうまく合わせてくれるだろうと予想しつつ、ここ最近の言動を思い出して不安になる。


 あの衛兵の心は、既に自分から離れていると思う。良くて過去、最悪「いつまでも食い下がる邪魔な女」か。女生徒に粉をかけていたのを見られた時の多少バツが悪そうな表情が忌々しい。そう思える程度には、こちらの心も離れているのだろう。


「今日は文句を言う奴もいないし、ゆっくり探せるんじゃないか」


 返事をする気にもならない。同じ班の女生徒は小うるさく悲観的な事ばかりを言うきらいがあるが、この男子生徒の能天気さよりはずっとマシだ。寧ろ何故彼女が班長ではないのか、フォリエは頭を抱えたくなった。


 班を率いる立場として、第六班の班長を見習おうとは思わないのか。そう問い詰めたくなったことは何度もある。しかしなんとか口をつぐんできた。


 あんな完璧超人を引き合いに出すのは酷だし、失礼だろう。


 内心溜息をつきながら、班長のまるで中身のない会話に適当に相槌を打つ。そうしているうちに役所に辿り着いた。


 入るなり、広間の片隅で佇む衛兵の姿を見つける。どこかうんざりとした表情を見るに随分と待ちぼうけていたようだ。彼から依頼を得ている身ではあるが、見回りもせずに時間を持て余しているのだろう勤務態度に失笑する。


「掲示板だよな!」


 至極当然なことを班長はわざわざ告げる。訝しげに衛兵が声の主を見つめ、その隣に立つフォリエに視線を向けた。


「やっと来たか」


 そう呟いて、緩慢に衛兵は学生の元へ歩いてくる。真っ直ぐこちらへ向かってくる衛兵に気付いたのか、男子生徒はフォリエとの距離を詰める。庇おうとしているわけではないだろう。


 警戒する班長の目の前で衛兵は立ち止まり、見下ろすように睨め付けた。


 は、と嘲笑が溢れる。


「そういう感じ?」


 嫌味や文句を飲み込んで、フォリエは負けじと睨む。


「依頼を探しに来たんです」

「探しに、ね」


 なおもにやつく衛兵は、懐から小さく折り畳んだ紙を取り出す。ちらつかせるように差し出された書類を素早く受け取って、広げた。


「……清掃に採集、駆除」

「こんなんでもまぎ、じゃなくて用意するの大変なんだよ」


 言い直せていない衛兵の言葉にはらはらとしながら、班長の様子を見る。少し困惑するような表情だが、依頼書の文面を見て次第に笑みに置き換わる。


「衛兵のおすすめってことか?」

「そうそう」


 揶揄い気味に衛兵は答える。もう一度睨みつけると、おどけるように肩をすくめた。


 用はこれで終わりだ。速やかに男から離れるべく礼を告げる。


「ありがとう、衛兵サン」

「どういたしまして」


 つられるように班長も頭を下げる。その様をどこか小馬鹿にするような目で衛兵は見つめた。


 不意に手を伸ばし、少年の肩を叩く。


「仲良くな」


 目を丸くして顔を上げた班長にそう告げて、衛兵は詰所へと立ち去る。去り際にちらりと見えた横顔は薄ら笑いを浮かべていた。


 体良く押し付けたつもりなのだろうか。


 唇を噛む。


「あんな衛兵もいるんだな。ちょっと気安い感じもあるけど、偉そうじゃないし」


 好印象を持ったのか、少年は衛兵の後ろ姿を目で追う。そうね、と心にもない相槌を打って役所を後にする。


 麦星通りを歩く。足元に「駅」の巨きな影が落ち始めた頃、突拍子もなく少年が言った。


「このまま依頼をやろうか」

「は?」


 思わず冷たく言い放つ。班長は少し顔を引き攣らせて、苦笑いを浮かべた。


「え、嫌?」

「何も準備をしていないし……人員が足りないと思う」

「採集ぐらいなら二人で大丈夫だって」


 他の班員がいるならまだしも、この少年と二人きりで迷宮には行きたくない。命がいくらあっても足りないだろう。


 何とか、他に興味を引きそうな話題を考える。


「細々した依頼だから、時間があるときにみんなで一気にこなす方が効率的じゃないかしら」

「そうか?」

「ええ。それに」


 必死に話をそらそうとするフォリエの視界に、見覚えのある二人組が入ってきた。


 「駅」の前を通り過ぎ、異国通りへと向かう二人の影をつい目で追う。


「どうしたんだ、フォリエ」


 言葉が途切れたのが気になったのか、班長もフォリエの視線の先を見やる。


「リシアと……誰だっけあの子」


 そうしてしたり顔で腕を組んだ。


「そういえば、リシアやシラー先輩は異国通りで依頼を探してるらしいな」


 なんとなく次に言う言葉は予想できた。普段なら反対するだろうが、今は迷宮から気を反らせるためにも頷いておこう。そう考えつつ、フォリエは素知らぬ顔をした。


「ついて行ってみよう」


 想像通りの言葉に、想定通りの対応をする。すぐさま二人を追う班長に少し遅れて随行する。


 リシアに感謝しつつ、フォリエは手元の依頼書をこっそり懐に収めた。

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