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ひとの噂も

 少女の名を呼ぶ前に、右腕を握られた。くん、と強くもない力で手を引かれ、応じる。


「失礼します」


 もう一度、先程まで向かい合っていた女生徒達に頭を下げる。彼女達も突然の闖入者に目を丸くして、数歩退く。開けた道をこれ幸とばかりに進むリシアに声をかけた。


「リシア、その」


 揺れる髪から覗く頬が、赤く染まっていた。続く言葉を失って、黙したまま少女に付き従う。


 途中、背後を振り返った。令嬢達はやはり数人で固まったままで、野次馬のような生徒達と何か口論をしている。その野次馬の中に、あの失礼な物言いの男子生徒がまだいることに気付いてアキラは眉を顰める。ああいう手合いは苦手だ。


 渡り廊下に出る。往来の切れ目、校舎のちょうど境目で少女は立ち止まった。


 何か言わなくては。


「迎えに来た」


 取り敢えず訳を告げる。


「迷惑だった?」


 リシアだけに対しての言葉ではない。明らかに、自身は異物だった。今もまだ廊下の奥から視線を投げかけられている。その視線に何か気遣うべきか悩んで、リシアを隠すように立ち位置を変えた。


「迷惑とかじゃ、ない」


 友人は顔を上げる。


「むしろ、ありがとう。さっきの話途中からしか聞いてないけど……怒ってたよね」

「うん」


 頷くと、どこか複雑そうに微笑み返す。


「私も多分、怒ったと思うから」


 そうして廊下の奥を見つめる。つられて振り向くと、人だかりの何人かがその場を離れていくのが見えた。


「見てる人もたくさんいたから、先輩の耳に入るかも」


 リシアの言葉を聞いて、アキラは女生徒達の表情を思い返す。あまり愉快ではないことになりそうだ。彼女達も何か思うところがあってアキラに物申しに来たのだろうに、本題に触れることなく有耶無耶になってしまった。その上、アキラとの応酬だけが取り沙汰されてしまえば彼女達の立場はどうなるのか。


 シラーなら苦言を呈するような気がした。


 それが、気に食わない。訳知り顔で班員をたしなめるシラーの顔は容易に思い浮かべることができた。


「……あの子達のこと、気にしてるの?」


 顔に出ていたのだろうか。リシアの問いに頷く。アキラの憂慮にはあまり共感できないのか、リシアは首を傾げた。


「あんなの、言いがかりだよ。アキラが気にすることじゃない。先輩に気に掛けられていることだって、悪いことでも何でもないし」


 本心からそう思ってくれているのだろう。真っ直ぐに、憤るように少女は告げる。


「アキラは何も悪くない」


 ほんの少しの間黙して、答える。


「……わかった」


 返事にもなっていないかもしれない。それでもリシアは安堵したのかため息をついた。


「みんなも、少し不安になっただけなんだと思うけどね。寄ってたかって問い詰めるのは、良くないことだよ」

「不安?」

「うん。だって」


 途端、友人は口籠る。無論少女達の剣幕からある程度は察することができる。掲示板前でのシラーとの応酬が妙な噂になっているのだろう。


 弱った。


 アキラは眉を顰める。


「……時間が経てば、みんな飽きるか忘れるかですぐ無くなるよ。実際、何もないんでしょ?」


 リシアのどこか不安げな問いに力強く頷く。


「何もない」

「そうだよね」


 肩をすくめた後、リシアは少し目を泳がせる。そしてどこか申し訳なさそうに尋ねた。


「こういうの、慣れてると思った」

「迎えに行くの?」

「じゃなくて、ああいう噂とか、それで絡まれたりとか」


 少し考え込む。


「……初めてだよ」


 訝しげな目つきのリシアに「本当」と念を押す。


 告げられた思いには漏れなく答えを返してきている。そこに余計な尾鰭がつく余地は、これまでは無かった。アキラも相手も必要以上に口外することはないから、第三者が挟まってくることもない。食い下がられることはあっても、やはりそういう相手は他人に知られることを恐れるのか一対一で話そうとする。今回のように告白もされていない誰かと噂になるのは本当に初めてなのだ。


 広場でのやり取りが噂の火種なら、それはそれで理解し難い。あれが仲睦まじく見えるのだろうか。アキラの態度もさることながら、シラーの言動も決して好意的なものではなかったはずだ。口振りも表情も、皆が評する「好青年」やら「貴公子」からは程遠いものだった。何よりあの腑が煮え繰り返るようなフェアリーへの侮辱。アキラとリシア以外周囲の誰も理解しようがないとはいえ、十分にあの言葉からは悪意が滲み出ていた。


 考えるうちに目が据わってきていたのか、リシアが狼狽する。


「ご、ごめん!嫌なこと聞いちゃって」

「リシアの質問が嫌だったわけじゃない」


 あの、どうにも油断ならない男子生徒。彼自身はこの噂に何か対応をする気はあるのか。


 なんとなく、ただ面白おかしく傍観しているだけのような気がして、殊更アキラは気を悪くした。


 リシアの言う通り、ただ時間が経って風化するのを待つのが得策だろう。脇目も振らず火消しに勤しむようなシラーを喜ばせるに違いない振る舞いだけはしたくない。


 努めて無関心であろう。


 そう意を決した一方で、胸の内の蟠りが解消されることはなかった。

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