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風紀

 手提げ袋の口を開け、リシアから借り受けた防具を覗き込む。剣は目立つので持ってこなかったが、依頼の進み次第では早速今日からこれらの世話になるかもしれない。無表情でも胸中は浮き足立つ。


 今日の学業は終業前の学級活動を残すのみとなっている。それらが速く、何事もなく過ぎ去ることを願う。


「アキラ」


 普通科の同輩が名を呼ぶ。袋の口を折り曲げ、顔を上げた。


「はい」

「あっ、今の何?」


 鉱水をくれた女生徒は首を傾げる。慌てて、それでもその様をおくびにも出さずアキラは誤魔化しの言葉を捻り出した。


「贈り物」

「へー!鞄いっぱいだなんてすごい……あ、でもいつもそんな感じか」


 羨ましいねえ、とにやけ顔で頷く。次の瞬間にはころりと表情を変え、どこか鷹揚に微笑んだ。


「ごめんね、つい気になっちゃって。それより、次暇な日っていつ?」


 おそらく、庭球の練習相手を探しているのだろう。自身の予定を思い返して女生徒の質問に答える。明日は疲れて早起きが出来そうにないので、明後日の早朝を提案した。アキラの都合を復唱し、少女は礼を告げて席を離れる。立ち去る背中を見送り、視線を落とした。


 「贈り物」をあまり追及されなくてよかった。もう一度口がきちんと閉まっていることを確認する。


「着席」


 担任が教室に入って、一声発した。アキラは慌てて姿勢を正す。きっちりと髪を引き詰めた担任は教壇に立ち、明日の予定や生活態度について淡々と報告を始めた。


「……最近、迷宮周辺を彷徨く普通科生徒が多いとの連絡がありました。気まぐれの見学や遊びで向かう場所ではありません。他者の迷惑になりかねない行いは改めるように」


 無論、生徒全体に向かって言っているのだろうが、それでも気が気ではない。背筋は伸ばしていても、内心アキラは萎縮する。「はい」と一同示し合わせたわけでもなく返事をするのを見渡して、担任は次の報告へと移った。


「それともう一つ。不純異性交遊の目撃情報も寄せられています。学生の本分を忘れず、自衛すること」


 教室内の女生徒が少しだけ困惑するような様子を見せた。


「普通科の生徒じゃないでしょう?」


 斜め前の少女が声を潜めて誰かに話しかける。


 貴族の子女が通う学苑といえど、色恋沙汰はままある。しかしそれに学苑側が苦言を呈することはまずない。今は斜陽でも、かつては権力を握っていた貴族階級同士の付き合いなら表向きは清く正しい関係のはずだろうし、そもそもが家が絡む繋がりのことも多いからだ。不純異性交遊などと呼ばれるような振る舞いを見せるはずはない。


 では目撃されたのはどのような身分で、どんな立場の生徒なのだろうか。


「迷宮科じゃないかしら。そういう人達と関わることも多いと聞くし」

「それで騙されてしまったりとか?可哀想……」


 聞き耳を立てつつ考え込む。そういうこともあるのだろう。つい先日、妙に馴れ馴れしく話しかけてきた衛兵を思い出して気が沈んだ。


 それに、貴族でもないアキラのような一般庶民の生徒も疑いをかけられていそうだ。自身の振る舞いに誤解を招くようなものはないか振り返る。


「以上」


 物思いにふける間に担任は締めの言葉と最後の礼を終え、本日の学業は終了する。それまでの畏まった雰囲気から一転、教室は賑わう。部活動に励む生徒、担任に何か質問をする生徒、談笑する生徒と思い思いの行動をする中、アキラは手提げ袋を抱え隣の席の令嬢に声をかけた。


「また明日」

「あら、素早いこと」


 冬空の目を細め、令嬢は悪戯っぽく呟く。


「リシアと約束?」

「進展があるかもしれないから、話がしたくて」


 そう告げるアキラの袖を令嬢は軽く引いた。


「……少し時間はあるかしら」


 真面目な表情でそう言われると、聞かざるをえない。元の席に着く。


「さっきの話、聞いていた?迷宮じゃなくて交遊のほうの話」

「もちろん」

「あれ、王府から直々に通達があったの」


 目を丸くする。少なからず息がかかっているとはいえ、風紀の問題に直接王府が関わってくるのは珍しい。かなり問題視しているということだろうか。


「生徒を守るために?」

「どうかしら。あの人がそんなに私達を思ってくれているとは思わないけど……まあ、理由の一つぐらいではあるでしょうね。威信とか」


 令嬢は眉をひそめる。


「上の耳に入るほど、っていうのが気になるわ。アキラは危険な目にはあっていないでしょうね?」


 近日中の出来事を思い返す。その沈黙が妙な勘繰りを起こさせたのか、令嬢は狼狽えた。


「あったの?大丈夫?」

「いや、何もないよ」

「よかった……」


 安堵する令嬢を見て、少し申し訳ない気持ちが湧く。彼女も友人として身を案じてくれているのだ。


「そもそも、不純な交遊が何なのかとか、わかる?」


 心配ついでといった様子で飛んできた質問に、アキラは面食らう。


 ぼんやりとした言葉の意味を問われても、具体的なことは一切わからない。


「……何か、あられもないことなのでは」

「ふわっとしてるわね」


 そう言いつつ、令嬢も深く言及はしない。おそらく「不純異性交遊」についての理解度は同じ程度なのだとアキラは勝手に解釈した。


 今度はアキラが問う。


「一緒に食事とかは許されるよね」

「それは、問題ないと私は思う。場所とか時間帯にもよると思うけど」

「そっか」


 ならいいか。


 浮蓮亭の出入りに妙な嫌疑がかからなければ問題はない。そう考えての質問だったが、令嬢は少し曲解したらしい。


「食事をする相手がいるの?」

「リシアとよく食べる」

「そうじゃなくて、異性で。二人きりで」

「いないよ」


 買い食いは、また別だろう。


 そう思うことにして、アキラは首を横に振った。

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