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遺物対策

 今日の講義は、折よく罠についてだった。


 原始的な落とし穴から跳ね上げ罠などの種類、各地の申請方法の差異が黒板に書き連ねられる。


 念のため、と前置いて講師は白墨を一旦止めた。


「一度仕掛けた罠は、成果の有無に関わらず回収すること。これはどこの迷宮でも守らなければいけない……再度の確認になるが」


 特に返答もない中、リシアはきっちりと手帳に書き残した。洞内の整備が目的でもない限り、迷宮科の生徒が残して行くべき物はない。ごみなどもってのほかだ。


「罠は迷宮の環境を変える要因にもなることを覚えておくように」


 そう告げて黒板に次の項目を記そうとする講師に、誰かが質問した。


「遺物も罠で捕まえられますか」


 挙手も指名もないままの発言に、教室の空気が変わる。振り向いた講師が質問した生徒を見つめた。


「動きを止めることはできる」


 淡々と講師は答える。生徒の目が、耳が、一斉に講師に向けられた。


 思い返せば、講義で遺物に関して講師の口から詳しい話が出るのはこれが初めてだ。生徒たちの興味も並々ならないものだろう。


「種類にもよるが、大抵の自律型遺物の行動原理は『排除』だ。巡回範囲内の罠も排除対象になる」


 落とし穴に嵌るとか、餌に釣られて引っかかるというのとはまた別の話のようだ。ほんの少しだけ注意を逸らすことができる程度なのだろう。


「じゃあ、動きを止めてる間にどうにかすれば討伐はできるんですね」

「どうにかする方法に、心当たりが」


 逆に講師が問う。言葉に詰まったような沈黙があった。講師もまた険しい顔で黙する。数拍後、やっと口を開いた。


「遺物は相手にするな。もし出会ったら、全力で逃げなさい」


 強烈な違和感を覚えた。


 逃げたような、講師らしくない言葉だったからだ。


 間違ったことではない。迷宮科の一年生ではきっとどうしようもない存在だからだ。リシアとアキラが倒すことができたのも、ただ運がとてつもなく良かったからというのに尽きる。でも普段の講師なら、参考として対処する方法を教えてくれるはずだ。


 他の生徒も講師の言葉に何か感じたのか、不満げな声を漏らす。


「倒す方法、ありませんか」


 これまでの質問よりはどこか意気消沈した様子で男子生徒が問う。惑うように講師は無表情のまま、一言だけこぼした。


「……今は」


 鐘が鳴る。


 今ばかりは、誰も席を立とうとはしなかった。


 小さくため息をついて、講師は手元の資料を片付け始める。


「次の準備に入りなさい」


 生徒は渋々動き出す。リシアもどこか消化不良な気持ちで教科書を閉じた。


 続いて、手帳を携え講師の下に向かう。


「先生」


 教壇から去ろうとする講師を呼び止める。隻眼が冷たく一瞥した。


「どうした」

「依頼書です」


 手帳に挟んでいた書類を差し出す。するりと手から紙が抜け出た。


 あまり時間もない。いつもより素早く講師は文字を追い、書類を自身の携えた手帳に挟んだ。


「役所の依頼か」

「はい」

「掲示されていたものか」


 首を傾げる。普通、依頼は掲示されているものしか受理できないはずだ。


「そうです」

「そうか」


 講師は小さく頷いた。妙な確認にリシアが気を取られている間に教室から出て行く。こつこつと数歩杖が進み、止まった。


「先日の、碩学院とのやり取りの件だが」


 少し不透明な言葉がリシアの記憶を辿らせた。確かに、先程の講義内容で遺物のことを口には出しづらいだろう。取り敢えず頷き、廊下で立ち止まっている講師の元へと行く。


 講義の間の喧騒に紛れるように、講師は告げた。


「ひとまず売却については問題ないと言質をとった。受け取ったものは自由に使って構わない」

「は、はい」

「借りていた手紙だ。返すのが遅れてしまってすまない」

 元通り封筒に納められた手紙を差し出される。


「念のため確認しなさい」


 講師の指示に従う。何も変わりはなく手紙は渡した時のままだった。


「問題ないです」

「もしかしたら、再度提出を求められるかもしれない。大事に保管しなさい」


 頷く。一方で、どこかはっきりとしない講師の言葉にほんの少し不信感を覚えた。もしかしたら、意外と大事になっているのかもしれない。講師が内情を見せたがらないということは、若干政治的なものも含まれているのだろうか。


 妙な勘繰りをしている間に、講師は廊下を歩き去る。その背中を僅かな間見送り、自身の席へと戻った。


 依頼前の確認は済ませた。次はアキラに報告して、再度の日程調整の後迷宮に向かう。その前に剣を使うかも聞いてみよう。それから弁当を食べるなら浮蓮亭にも向かわなければ。工程を考えつつ次の講義の準備をする。


 ふと、手元に視線を感じた。手帳に重ねたままの封筒に視線を落とす。碩学院の封蝋は裏に返しているので見えていないはずだ。そのまま素早く鞄の中に滑り込ませる。


 手紙の内容について同級生達に聞かれても、うまく説明できる気がしない。それに遺物が関わる話だ。今日の反応を鑑みる限り、リシアからはまだ口外しない方がいいだろう。


 鞄の留め金をかける。同時に、予鈴が鳴った。

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