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講義の合間

 普段から鍛錬はしているのに、今日は随分と体が痛む。


 手洗いの大きな鏡にはリシア以外誰も映っていない。それをいい事に大きく肩を回し、背を逸らした。


 結局、昨日は基礎のおさらいから模擬戦までやり通した。流石のアキラも終盤は疲れを見せていた一方で、涼しい顔の執事が妙に記憶に残っている。


 きっと、物凄く楽しかったのだろう。執事の指導を思い返してリシアは苦笑いを浮かべた。教える側としても、筋が良い生徒に対しての方が意欲的になるはずだ。アキラもまた昨日の指導で何か手応えを感じたのか、去り際はどこかすっきりとしたような表情をしていた。


 そのほかにも成果はあった。


 父が野生生物の対策に一つ提案をしてくれたのだ。罠ほど大掛かりでもない足止めの方法を聞いて、早速次の依頼までに準備をするとアキラに約束をした。


 もう一つ、共に迷宮へ挑む友人として家族に紹介することができたのも、大きな成果だ。リシアの学苑生活を知らない父や執事にとって、友人の存在は安堵するものだったはずだ。


 招いて良かった。鏡の前で一人リシアはにんまりと笑う。


 鏡の端で扉が開く。慌てて表情を引き締めて、手巾で甲を拭った。


 入ってきたのはフォリエだった。リシアの姿を認め、微笑を浮かべる。


「あら」


 隣に立つ。


「何か、良いことでも?」

「え?ああ、今のはその、別に」


 見られてたのか。赤面し取り繕おうとするリシアの様子が殊更おかしかったのか、フォリエは口元を覆い隠す。


「ごめんなさい」

「い、いえ……」


 そう告げながら、ふと同級生の横顔に目を引かれた。妙に血色が悪い。


「大丈夫?」


 思わず声をかける。きょとんとした顔でフォリエはリシアを見つめた。


「え?」

「体調、悪いような気がして」


 リシアの指摘を聞いて、フォリエは鏡に映る自身をまじまじと見つめた。明らかに冷えた目と表情に、失言をしたような気がしてリシアは居た堪れなくなる。


「その、無遠慮だった」

「そんなことはないわ。確かに最近、気疲れが多くて」


 健気に笑う。


「新しい依頼も探さなければいけないし、大変」

「無理はしないで」

「もちろん、わかってる」


 どこか拒絶するような語気に、続く言葉を失う。先日のやり取りを思い出して、フォリエの所属する班の内情を邪智してしまった。


「……リシアは、依頼は探せた?」


 代わって問われる。既に役所の依頼を受けると決めてはいるが、それを伝えるべきか一瞬悩んだ。何か引っかかるものがあったからだ。


 ただその正体をうまく捉えることができず、素直にリシアは依頼について話す。


「駆除の依頼があったから、それをやってみようと思って」

「へえ、駆除」


 すぐに思い当たったのか、フォリエは頷く。


「また第一通路に?」

「うん」

「もうだいぶ綺麗になったから、何も出ない気がするけど」


 苦笑する同級生の言葉の隅に、やはり引っかかるものがあった。


「迷宮の環境がどうなっているかは、実際入ってみないとわからないから」


 そう返すと、同級生は唇を僅かに引き結んだ。


 警戒。


 滲んだ感情を把握して、胸中でリシアは首を傾げる。


「向こうで何か、危険な目にあった?」


 何となく、問う。次の瞬間には何故そんな事を問いかけたのかもわからなくなるような、些細な出来心だった。


 問われた少女の目が、一瞬見開かれる。


「いいえ、何も」


 先ほどよりも低く冷たい声音だった。浅慮だった、というよりも駆け引きのような思考から謝罪の言葉が飛び出す。


「ごめん」


 より一層、フォリエは訝しげな目をした。


 頭を下げて少女の隣をすり抜ける。我にかえったように声をかけようとする同級生に、気まずげな笑みを返す。


「リシア。別に深い意味は」

「その、心配してくれたんだよね。確かに駆除も何回か既に入ってるみたいだし、思ったより成果はないかも……変なこと聞いちゃってごめん」


 再度謝って洗面所を後にする。教室へと向かいながら、慌ただしく離れた事を申し訳なく思った。


 リシアの依頼に便乗したい。そんな気配がしたのは、ただの思い過ごしだと思いたい。それよりもフォリエの依頼への反応がどうにも頭から離れない。ただ注意を呼びかけるだけではない、引き戻すような呼びかけだった。


 行かせたくない。


 そう暗に言っていたような気さえした。


 危険だから、というのは大きな理由にはなり得る。ただリシア達はそんな危険は承知で迷宮に潜っているのだ。引き止める理由など思い至らない。


 悩みながら教室に入り、席に着く。小休憩の合間に疲れを取るつもりが、新たな悩みの種を抱えてしまったようだ。


 何より最後の謝罪で、フォリエを要らぬ気を使わせてしまったかもしれない。ただでさえ体調が悪い様子なのに。


 息をついた途端、予鈴が鳴った。硬質な足音と共に講師が教室に入ってくる。教壇に教科書を置いて、慌ただしく講義の準備を始めた生徒達を見渡した。


 一瞬、目が合った。


 机の上に出した手帳と書類に目を落とす。役所の依頼書を渡すのは、この講義の後にしよう。


 再び顔を上げると、講師は講義開始の挨拶もそこそこに黒板に板書を記していた。慌ててリシアは手帳と教科書を開いた。

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