お呼ばれ(2)
軽食に舌鼓をうち、語らう。
当初の目的とは関係のない話題の数々に、リシアは少し嬉しくなった。迷宮の関わらないアキラの姿は新鮮で、ごく普通の同輩であることを改めて思い出させてくれる。
普段の食べっぷりも、少しずつ調子を取り戻してきているようだった。
「お持ちいただいたお菓子です」
執事が焼き菓子を追加する。泡立てた卵白を一口で食べられる大きさに絞り出して焼き上げた菓子だ。
感謝の意を告げて、一つ頬張る。軽やかな食感が面白い。茶との相性も良く、もう一つと手が伸びる。
「美味しい!」
リシアの言葉に、アキラは満足げに頷いた。もしかしたら、幼馴染の店で購入した菓子なのかもしれない。持ち運んでいた紙袋には水鳥の絵が描いてあったような気もする。
並んだ料理がアキラによって着実に減っていく。一通り手をつけた頃を見計らって、切り出した。
「次の依頼なんだけど」
「うん」
焼き菓子を突き匙で一口大に切り分ける手を止め、アキラはリシアを見つめる。
「まずは役所の依頼を受けてみようと思う。同じ内容で、ちゃんとした報酬があるのはこちらの方だから。同時並行も可能かもしれないけど、二匹仕留めることになるかもしれないし」
「わかった。まずは片方だね」
「うん。それから、この間話した大型の生き物の倒し方。急所とかについても色々調べてみた」
折よく執事が本を差し出す。父から借りた解剖学の学術書だ。
「どこを狙うか、なんだけど。まず哺乳類は……」
二人で本を覗き込む。
この知識がどれほど活かせるかはわからない。それでも、決して無駄にはならないはずだ。
「太い血管が通ってるとこが、いわゆる急所なんだね」
「そうだね。後は頭の後ろとか。動きを止めるなら目を狙うのもよくある手だね」
目で文字を追い、どこか考え込むようにアキラは口元に手を添える。
「……やっぱり、剣って便利なんだ」
「確かに、切るのも突くのも出来るからね。長いこと戦う上での基本になってるのは、やっぱりそういうことなんだと思う」
リシアの言葉に「うーん」と気の乗らないような返事をする。以前シラーから手解きを受けた時は問題なく振るえていたが、何か苦手意識のようなものでもあるのだろうか。
「剣、苦手?」
「剣以外に使えないから……」
疑問符を浮かべた後で、なんとなく納得する。アキラがこれまでに持ち込んできた「武器」のうち、二度以上の使用があったのは鋤だけだ。戦闘面ではもちろん、土を掘り起こす作業などでリシアも世話になっている。そんな利便性をアキラは剣にも求めているのだろう。
もっとも、剣を根掘りのように使うのは勧められないし、文句も言いたくなる。迷宮科の生徒は皆自分の命を預ける武具に多少なり思い入れがあるはずだ。リシアもウィンドミルで地面を掘り起こせと言われたら抵抗してしまう。
「何にでも使えるっていうのは確かに便利だけど、いざという時に鈍になってたら困らない?」
「それは、確かに」
「主武器と道具は分けたほうが無難だと思う。それと」
そこで、今回の目的をもう一つ思い出した。
「……そうだ、防具。忘れてた」
席を立つ。アキラと執事の顔を見比べて、屋敷を指さした。
「防具と剣を持ってくる」
「ご用意しております」
そう告げて、執事は食事を運ぶ四輪車の下段から包みを持ち上げた。
「失礼いたします」
卓の空いた隙間に、ごとりと重い音を立てて包みを置く。中の防具と剣を見えやすいように広げてくれた執事に微笑む。
「ありがとう、じいや」
いつの間に。
感心しつつ、脛当てを手に取る。
「これがこの間言った防具」
「どこにつけるもの?」
「これは脛。籠手はセレス……様からいただいたものがあるし、あとアキラが身につけられそうなのは肘当てとかかな」
差し出した防具を受け取り、アキラは少し遠慮気味に尋ねる。
「着けてみてもいい?」
「うん、試してみて」
執事に目配せしようとすると、既に影も形もなくなっていた。早々に裾をたくし上げ膝下を見せたアキラを見て、執事の配慮と迅速な行動に安堵する。
屈んで紐を調節していたアキラが立ち上がる。元々リシアには少し大きいぐらいだったので、彼女には丁度いいはずだ。
「こんな感じなんだ、脛当てって」
「動き難い?」
「ううん」
卓を一周する。真新しい物でもないからか、馴染んでいるようだ。
「以前のネズミみたいに積極的に足を狙ってくる生物がいないとも限らないしね。そうでなくても、やっぱり機動力は大事」
「それは、もう」
捻挫を思い出したのだろう。アキラは深く頷いた。
「捻挫は防げないかもしれないけど」
「あ、そうなんだ」
「先んじて包帯で足首を固定するほうが効果的かな」
制服の腰回りに取り付けた小物入れから包帯を取り出し、アキラの足元に屈む。
「椅子に座って。巻き方教える」
「ありがとう」
一通り包帯の巻き方を教える。
これも元は、マイカから教わったことだったか。ぼんやりと思い返しながら包帯の端を始末する。
同時に、以前もこうやってアキラの足に触れたことを思い出す。あの時と変わらない、新品同然の革靴が目の前にあった。
「こんな感じ」
もう一度歩くように促す。靴を履き直してアキラは再び卓を一周した。
「おお……」
効果は実感しているようだ。
戻ってきたアキラに、もう一つお下がりを差し出す。




