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お呼ばれ(1)

 放課後の中庭で待っていたのは、いつものジャージではなく制服を着込んだ少女だった。


 何かの包みを傍らに置いて長椅子に掛ける姿は、どこか静謐で近寄り難い。しかし徐に懐から菓子を取り齧りだしたのを見て、リシアは安堵した。


「アキラ、お待たせ」

「ん」


 特に遅れたわけでもなくやって来た待ち人を見つめ、アキラは焼き菓子を一口で納める。白い喉が動き、やっと話し出した。


「私も今来たところ」


 「今来たところ」で即座に菓子を食べだすものなのだろうか。気になりつつもリシアは長椅子から立ち上がるアキラに近づく。


 以前の制服姿とは違って、今日はいつもと同じ髪型だ。それでも普通科の制服が持つ楚々とした雰囲気と相まって、普段よりもずっと淑やかに見える。先程の菓子を見る限り、きっと今日も普通科ではひと騒動起きたのだろう。


「行く?」


 暫く黙していたリシアにアキラは声をかける。我にかえって頷く。見惚れていたわけではない。決して。


 傍らに置いていた包みを抱え、アキラは自身の足元や上衣の裾を確認する。そして、これから訪問する当の本人に尋ねた。


「変じゃない、かな」


 きょとんとするリシアの反応に、アキラはどこか照れたように目を逸らした。


「お呼ばれだから……」


 成程。


「制服は正装みたいなものだから、全然問題ないよ」

「良かった」

「違和感あるのは着慣れてないからじゃないかな」

「セレスにも言われた」


 その辺りは既に令嬢からダメ出しがあったようだ。


 最もスフェーン家の人間はリシアも含めて、アキラがジャージ姿で訪問してもあまり気にはしないだろう。ウルツは一度ジャージ姿のアキラと会っているし、当主に至っては自身が常に作業着姿のようなものだからだ。


 だから、あまり緊張しないでほしい。


「いつも通りで大丈夫」


 そう告げると、明らかに少女から肩の力が抜けた。リシアも安堵して正門へと足を向ける。


「じゃ、行こっか」

「うん」


 二人連れ立ち、スフェーン邸へと向かう。


「誰かの家に行くの、久しぶりかも」


 道中、ぽつりとアキラがこぼす。


「幼馴染以外で」

「あ!パン屋の子」

「今でも時々、夕食に誘ってくれたりする。その子のお母さんとおばちゃんが仲良くて」


 学苑外でのアキラの姿を垣間見、リシアは嬉しくなる。同時に、「幼馴染」という言葉に僅かに胸がざわついた。


 アキラと同じように、かつてはリシアとマイカも互いに家を行き来し、お茶や食事に誘うような仲だった。それももう遠い昔のことのように思える。あの時は、マイカとの微笑ましい関係がいつまでも続くのだと信じて疑わなかった。


 アキラと幼馴染、二人はこの関係を大事にしてほしい。余計なお世話だが、そう思った。


 エラキスを眼下に一望する坂道を上り詰め、ようやく二人はスフェーン邸にたどり着く。既に門は開かれており、執事が待機していた。


「ようこそおいでくださいました」


 恭しく頭を下げる執事に負けじと、アキラも深く礼をする。二人の手本のような挨拶を見た後、執事に促され屋敷へと向かう。


「東屋でご用意は出来ております」

「ありがとう」


 おそらくこの家で最も人をもてなすのに向いた場所が、邸内の庭園だ。思い通りの形に刈り込んだ木々を並べるのではなく、どの季節でも花が綻び葉の色が映えるように計算尽くで植え込んだ調和の庭。スフェーン卿は勿論、リシアにとっても自慢の庭だ。


 応接間から開け放たれた入口を抜け、庭に出る。


「あの、それと」


 直前、アキラは手に持っていた包みを執事に渡す。


「お菓子です」


 なんとなく察してはいたが、やはり手土産だったようだ。一礼と共に執事は包みを受け取る。


「今食べちゃってもいい?」

「うん」

「では、こちらもご一緒に。ありがとうございます。アキラ様」


 ギンヨウユリやシダの瑞々しい葉が繁る小径を通り、東屋へと至る。既に食器の配された卓の真ん中では、父が用意したのであろう季節の花が彩を添えていた。


「……お父様は?」


 傍らの執事にそっと囁く。


「身だしなみを少々」


 おそらく直前まで土いじりをして花を見繕っていたのだろう。感謝しつつ、辺りを見回すアキラに声をかける。


「その、次の計画とかもあるけど、まずはお茶にしましょ」

「いただきます」


 アキラらしい率直な返事に思わず笑みをこぼす。執事が引いてくれた椅子に恐る恐るアキラは腰掛け、居住まいを正した。リシアもまた向かい合う席にかけ、執事が茶を配するのを眺める。


 軽食を見るに、執事も久々の茶会で気合が入っているようだ。仕込みに時間のかかるパイ包みや幾重にも層を重ねた焼き菓子を前にしてため息をつく。本当に執事には頭が上がらない。


「いただいたお菓子もご用意いたします」


 茶に続いて、執事は手土産を配する。アキラはというと、返事は良かったがまだ緊張が解けていないようだ。


 少し考え、席を立つ。そのまま椅子を運び、アキラの隣に掛けた。


「早速いただきましょう。じいやの料理はどれも絶品だけど……温かいのからどう?」


 パイ包みを一切れ取り分け、食べる。そうして少女の様子をうかがった。冷たい夜色の瞳が安堵の色を浮かべる。


「じゃあ、私も」


 軽食を取り分け、口に運ぶ。その横顔が静かに華やいだのを見て、リシアは満足した。

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