どうにもならない
同輩の少女が正門をくぐる。
その後ろ姿を見送って、フォリエは静かにため息をついた。
傍らでは同じ班の面子が先程の話題を蒸し返して言い争っている。他人の目がなくなると、すぐにこうだ。
「……で、これからどうするの」
班員の少女が大袈裟に肩をすくめる。
「リシアで欠員を埋める作戦も失敗しちゃったし」
「彼女は俺らの班に入らなくてもやっていけるって、さっきフォリエが言ってただろ」
「そう、だから私も退いたの。なんの進展も無し。班長はどうお思い?」
「どうって、だからこれまで通りのやり方でいいって俺は」
堂々巡りの議論を切り上げて逃げ去る勇気もなく、フォリエは少年と少女に挟まれ沈黙する。
もとより中の下程度の班だ。人員が一人減ればその分以上に効率が落ちる。フォリエの持ち込む依頼で誤魔化しても、掲示板に載るほど成果を出せるわけでもない。
正直なところ、今のままでは未来がないのだ。解散の危機すら見えてきた班を直視できているフォリエと、必要以上に騒ぎ立てる少女と、何もわかっていない班長。この三人でやっていくのは、厳しい。
もし、自身に力があったら。
どうしようもないことを考える。
力があったら、リシアのように一人でもやって行けたのかもしれない。あるいは第六班のようなもっと有力な班に転入することができたのかもしれない。
でも現実、フォリエは無力だ。強いてできることは、あの聖女をほんの少し真似ることぐらい。
「……次の依頼を探してくる。だからまた明日、話の続きをしましょう」
微笑む。班長は安堵するように薄笑いを浮かべ、女生徒は腹立たしげな表情にほんの少し別の感情を滲ませた。
「依頼を探すって、どこで」
「どこでって、集会所や役所よ勿論」
「普通の探し方なんだよね」
一瞬手を握り込み、すぐに緩める。
「普通じゃない探し方、ね。何か、いい方法でも知っているの?」
女生徒は口を噤む。そこに少年が気色ばんだ様子で割り込んだ。
「あのさ。フォリエが探してくる依頼になんか不満でもあるわけ?それならそっちも探してきてくれよ」
「不満とかじゃなくて」
心配……。
か細くそう告げて、少女は目を逸らした。
「何でもない。ただの、杞憂」
そう言い残したきり、二人から離れる。挨拶もなく立ち去る後ろ姿にこれ見よがしに、少年は捲し立てた。
「ほんとに口を挟むのは得意だな。心配心配って、別に大問題があるわけでもないし。そもそもそういうのは俺の領分だろ」
口を開きながらちらちらと少年はこちらを窺う。その様が鬱陶しくて、微笑んだ。
「そうね」
「……俺はさ、フォリエに感謝してる。依頼のことだけじゃなくて、もっと、支えになってくれてるというか」
照れ笑いを浮かべる少年を直視できなくて、視線を落とす。
「ありがとう」
手短に感謝を告げて、一歩退く。
「それじゃあ、さっきの話のこともあるから私は行くね。また明日」
「あ……うん」
名残惜しげに手を振る班長に背を向ける。
感謝してる。幾度となくその言葉を胸の内で反復して、鼻で笑う。もし何もかもを知っていて感謝の言葉が出てくるのなら、感嘆もする。でもきっと、そうではないのだろう。あの無邪気な笑顔を見る限り。
フォリエがどうやって依頼を集めていたのかも、シラーに近づいていることも……あの日の第一通路での出来事も。きっと何も知らないのだ。
反面、同輩の少女は薄々勘付いている。だからこそ班長の尻を叩き続けているのだろう。彼が班長としての自覚を持てば、多少は改善すると信じて。
でも。
結局は同じところへと帰り着く。
この班では未来がない。
いっそのこと、こんな班を見捨てて何処へなりとも行ってしまえばいいのに。それが彼女のためにもなるだろう。
思考がより薄暗くなる。
そもそも。改善すべきは班ではない。もっと、それ以前の問題だ。「こんなところ」にいるのが間違いなのだ。こんな、迷宮科なんて場所に。
もう一つの帰結にフォリエは唇を噛む。
この「迷宮科」では未来がない。否、悍ましい未来しか待っていない。
ネズミに喰われたという同輩の末路を思い出す。きっとそれは、フォリエの末路でもある。
家は頼れない。冒険者を目指す一生徒として向上することもできない。そんな人間がここから抜け出すには何をすべきか。
一つだけ、方法は思いついていた。でもそれも目立った成果は出せていない。それどころか「一人」は消滅寸前だ。
でも、もう後がない。
息をするのも忘れそうなほど思い詰める。この苦悩を誰かに明かしたかった。
ふと脳裏に浮かんだのは先程別れた四十二班の少女だった。きっとリシアは、フォリエの気持ちをわかってくれるのだろう。自身と違って彼女は迷宮科の生徒として上手くやっていけているようだけど。彼女もまた、何かの間違いでこんな場所に堕ちてきた令嬢の一人なのだから。
嘲笑と吐き気が込み上げる。
こんな自問自答の中でも、誰かに縋ることしかできない。
それが酷く滑稽で無様に思えて、役所へと向かう足取りを重くした。




