流れ弾
ほんの数枚の書類と肩の荷が無くなったせいか、足取りが軽い。まだ夕暮れまでは遠い陽光に目を細めながら正門へと向かう。
「預かり知るところではない」との言葉を額面通り取れば、アキラとの活動費に使うのは問題ないと言うことだ。ただ誰かに説明をする必要があるようだから、その説明の顛末を聞くまでは手をつけないほうが無難かもしれない。まさか、ことの次第で没収ということはないだろう。
たぶん。
「……なんだか色々聞かれたな」
関連付いて先程の会話を思い出し、ぽつりと呟く。迷宮での出来事を微に入り細に入り尋ねる講師の様子は、普段の尋問のような聞き取りとは少し違っていたような気がした。
好奇に満ちていて、どこか懐かしむような目。
よく似た目をごく最近別の場所で見たような気がして、胸騒ぎがする。
やっぱり、冒険者だったから。生徒の話を聞いて思うところがあるのだろう。そんな考えで胸騒ぎを覆い隠して、飲み下した。
講師は冒険者を引退するにしては、若いと思う。予想だが回収屋のバサルトほどの年齢ではないだろう。一方、異種族ではあるがケインよりは年上のように見える。働き盛りと言って良い年齢だ。そんな時に冒険者としての生命を絶たれた思いは、リシアには計り知ることができない。
講師の義足が脳裏にちらつく。引退の要因はまず間違いなくあの怪我だろう。
もし、リシアが講師と同じ路を辿ることになったら。今の講師のように別の形で迷宮と向き合うことが出来るだろうか。迷宮はおろか、全てから目を逸らして塞ぎ込む様しか想像が出来なかった。
同じ様をアキラに置き換えた。
こんな未来だけは、絶対に避けなければならない。
没入していく視界の隅に、複数人の生徒が現れる。ぼやけた焦点を合わせると、見知った同輩達だった。
きんと高く声が張る。
「抜けた分どうするかとか、考えてるの?それを確認したいだけ」
「そんなの、今のままで良いじゃないか。うまくいってるし」
少し語気の強い女生徒とそれに気圧されている男子生徒、そして二人に挟まれ悩ましげに眉を顰める女生徒。
清掃の日に紹介された第十九班の面子が揃っていた。
「あ……」
最初にリシアの接近に気付いたのは男子生徒だった。あからさまに安堵する少年に続いて、女学生もこちらを見る。
「あら、リシア」
「今帰るの?」
困り顔のままのフォリエと、打って変わって笑顔の女生徒に愛想笑いを返す。
なんとなく、横を通り抜けづらい。迷っているうちにフォリエに声をかけられた。
「もしかして、冒険の打ち合わせとか?」
「ううん。講師に課外の報告をしてただけ」
「課外っていつの?」
「結構前になるかな……湖の小迷宮が見つかった頃のが今ひと段落したんだ」
関心するように耳を傾けているのは、当のフォリエではなくもう一人の女学生の方だった。
「依頼もその小迷宮で?」
「うん。どちらかというと副産物だけど」
「ふうん」
女学生はじっとりとリシアを見つめる。
「……やっぱり、第六班が目をつけるだけあるかも」
「え」
「あの小迷宮、第六班の生徒が堪らず帰ってきたほどの場所だって言うし」
「そこでちゃんと依頼をこなしたってことは、それだけの能力があるってことか」
「それも副産物付きでね」
褒め殺されているような気がする。
警戒するリシアに、女学生が何かを切り出そうと口を開いた。
「ちょっと提案なんだけど」
その言葉を即座に、フォリエの声が遮った。
「機会があったら一緒にって、話はしてるの」
いつぞやの提案を少女は告げる。そんなこともあったかと思い返す側で、第十九班は剣呑な雰囲気で言い合う。
「私が言いたいのはそう言うことじゃなくて」
「彼女はシラー様に目をかけられてる。でしょう?」
フォリエが小首を傾げた。何処となく、マイカにも似た仕草だ。
「目に留まるのと目をつけられるのでは全然違うわ」
女学生は口を尖らせ黙り込む。一方男子生徒は何の会話をしているのか理解できていないように二人の班員を見比べていた。
そして当事者らしいリシアも、フォリエの告げる意味がいまいち理解できなかった。ただ女生徒の言葉に身構える。
「リシアは今の班で上手くいっているの。私達がどうこう言えはしないわ」
「……そっか。ごめんなさいリシア。今の忘れて!すごく失礼なこと言っちゃいそうだったし」
「え?あ、うん……」
急に頼み込まれ、リシアは生返事をする。忘れるも何も論点は一つとして明確には見えてこなかった。加入か何かの打診だったのだろうか。それにしては露骨すぎて、反論の根拠もまた穿ち過ぎているような気がした。
「なあ。突然シラーセンパイの名前が出てきたのは何でだ?」
問う男子生徒をあしらうように、女生徒は早口で告げる。
「気にしないで、リシアが先輩のお気に入りってだけ」
「え、そうなの?」
「そんなことあるはずない!」
慌てて否定する。少し非難がましく女生徒を見つめると、悪戯っぽく笑いながら頭を下げた。
きな臭い話はもう終わり、とでも言いたげな身振りにため息をつく。
「先輩の好みがどうのって話と、随分違うみたいだけど」
「それは、そうでしょうとも」
息巻くそばで、フォリエが囁く。
「……噂の相手って、よくセレスタイン様と一緒にいる子って本当?」
ぎくりとする。噂の探りとその精度に恐れ慄きながら、リシアは目を泳がせた。
フォリエの目に、ただの興味本位ではない何かが宿っていた。暫しの無言の追求の後に視線が逸れて、リシアは安堵する。
「ごめんね、帰りに変な話で捕まえちゃって」
再度女生徒が謝る。少し油断ならない少女だが、言葉の一つ一つがからっとしていて不思議と嫌な気はしない。
頃合いだと判断して、第十九班に別れを告げる。
「それじゃあ、また明日」
「またね」
手を振り、再び正門に向かう。去りゆく背中に誰かの視線がいつまでも絡んだ。




