目星
全身から怒気を迸らせながら普通科の少女は去る。その手を引く迷宮科の少女の様子を見るに、何が友人の気を逆撫でしたのかはわかっていないようだった。
二人の背を見送りながらシラーは鼻で笑う。
それを目敏く見つけた女生徒が、下卑た好奇心に満ちた目で伺い聞いた。
「あの、班長」
「うん?」
「あの子達って、確かこの間一緒に迷宮に行ったっていう……何班だっけ」
「マイカが前いたとこ」
「ああ。そこの子ですよね」
一瞬間が開く。苦笑いを浮かべて、女生徒の言葉に先回った。
「実は、気になっていてね」
女生徒を含め、同行していた班員の何人かが色めき立つ。その殆どが何か勘違いをしていることを承知して、班長はただ黙する。
「あの子が班に入るんですか」
期待に満ちた目をした男子生徒が尋ねる。それを制するか妨げるように女生徒が口を挟んだ。
「今すぐじゃ、ないですよね」
そう告げた女生徒は、先に挙げた生徒とはまた違う反応を見せた。自身の立場を脅かされる懸念だろうか。注意深い振る舞いにシラーは感心する。
「向こうの都合もあるからね」
濁らせる。あからさまに女生徒は安堵した。
すぐに参入する予定はないと受け取ったのか、一転して他の生徒達との追及に加勢する。
「今は探索組も採集組もいっぱいだと思うし、入る余裕は無いんじゃないかな」
「えー。あの黒髪の子が仲間になってくれたら楽しいと思うけど。腕も立ちそうだし」
「何度か苑内で見かけたことがあるけど、同じ班なら話しかけられそう」
「リシアと組めるのなら、とっつき難い子じゃないでしょ」
アキラへの反応は概ね好評のようだ。また何度かは適当に理由を見繕って依頼に同行することもあるはずだ。時期尚早だが顔合わせぐらいにはなったかもしれない。
掲示板に向かう。少女二人が確認していたと思わしき依頼を眺めていると、班員の一人が横から身を乗り出した。
「駆除依頼ですか」
「君らがやってみるかい?」
「こういうのは、シラー様も同行してくれないと」
ねえ、と班員は同意を得るように振り向く。呆れてため息混じりに笑う。
シラー一人が実権を握るというのも困りものだ。だからこそ、自分に次ぐ実力を持った人間が班に欲しいのだが。
「もしこれを受けるとしたら、同行したい者は?今回は採集組からも参加してもらおうか」
「はい!」
ほぼ全員が返答する。考え込む素振りを見せて、微笑んだ。
「わかった。こちらで決めたいところだけど……話し合って三名くらいに絞れるかな」
そう告げると途端に静かになる。しかし一人の男子生徒が返事をすると、他も追従する。
「明日までに決められそうかい」
「はい」
そう頷く男子生徒は、確か採集組に所属していたはずだ。人員の選別は彼に任せて、シラーは再び掲示に目を通す。
それにしても。
頬を掻く。
あの反応を見るに、アキラは相当に立腹している。それだけ異種族のことを気にかけているのだろう。元々開いていた距離が余計に離れてしまったのは残念だ。
正直なところ、ただ懐いているだけとは思えない。アキラとリシアの間にある信頼とはまた別の何かを、あの少女は異種族に抱いている。おそらくは一方的に。
まともじゃない、と言ってしまったら、彼女はどんな顔をするのだろうか。シラーなりの気遣いをきっと、彼女は軽蔑しながら跳ね除けるのだろう。
「あの、シラー様」
また、班員の一人がにじり寄ってくる。言葉も返さずに一瞥すると、向こうが勝手に捲し立てた。
「その、気に触ったら申し訳ないんですけど……あの黒髪の子には、当たりが少しキツいというか」
もじもじと班員は手指を動かす。他の班員もそれとなく聞き耳を立てていることに気付いて、シラーは苦笑した。
「気心が知れているというか」
率直な言葉に腹が捩れそうだった。ある意味そうかもしれない。
そうして、少し冷静になる。
確かに、そうかもしれない。
「ああ」
彼女には余計な面を見せ過ぎている。内省するためにそれとなく頷く。尋ねてきた女生徒は目を丸くして、挙動不審気味に次の言葉を探した。
「ええと、それって」
「深い意味は無いよ」
念の為そう付け加えたが、焼け石に水のようだ。女生徒の動揺は他の班員にも伝播する。
これで崩れるような統率ではないと自負している。だからこそ、班員達の動向に任せた。
「なんか意外だな」
先に口を開いたのは男子生徒だった。
「班長、ああいう子が好みなのか」
何人かが男子生徒を睨みつける。
「深い意味は無いって言ってたじゃない」
「え、ええ……」
「大体好みだからキツく当たるなんて子供みたいなこと、班長がするわけないでしょ」
袋叩きに合う男子生徒が哀れに思えて、場を収めるために手を掲げる。
「そこまで、そこまで。今は関係のない話だよ。僕の好みも彼女のことも」
総員沈黙する。自身の言葉に耳を傾けているのを確認して、心の片隅で満足する。
「さっきの話、覚えてるかな」
「今度の依頼に着いていく人員ですね」
「うん。任せたよ」
先程指名した男子生徒の肩を叩く。使命感に目を輝かせた班員に微笑みかけ、食堂へと向かった。
後から班員も追従する。
背後でまだ、何事か小声で話が交わされていることに気付いて振り向いた。
「少なくとも彼女は、僕のことが苦手みたいだから」
皆まで言わずとも、どこかバツが悪いように何名かが目を泳がせた。
明日からきっと、くだらない噂が流れ出すのだろう。その様を特に感慨もなく思い浮かべながら、シラーは再び歩き始めた。




