干渉
明日のことを考え、そわそわとしだすリシアにアキラが告げる。
「あと、依頼の話」
「ご、ごめん、そうだよね」
慌てて居住まいを正すリシアの前で、アキラは掲示板を指さした。つられてリシアも掲示板に視線を向ける。
「さっき見たら、駆除依頼が出てた」
目を丸くして立ち上がる。掲示板に近づくと、確かに新しい依頼書が貼り出されていた。
「ほんとだ。ついさっきかな」
「役所のとどっちが良い?」
アキラに尋ねられ、懐から手帳を取り出す。挟んでいた依頼書を広げて見比べる。難易度は大差ない。というより、殆ど同じ内容だ。
第一通路小洞で異常発生した獣の駆除。
何か因縁のようなものを感じて、リシアは眉間に皺を寄せた。
「まだネズミが多いんだね」
「たぶん、それだけじゃない。今度はネズミを餌にする獣が増えてるんだと思う」
迷宮が均衡を取り戻そうとしているのだ。そこに手を加える是非はともかく、被害が出ているのなら国としては対処しなければならない。そのお鉢が役所だけではなく学苑にも回ってきたのだろう。
「それこそ、クズリとかね」
「今度は遅れを取らない」
頼もしい言葉だが、少し不穏だ。アキラの真剣な眼差しに困り顔で答える。
「その具体的な対策を考えよう。この手の大型獣の倒し方って、コツがあると思う」
「コツ……」
アキラは腕を組む。
「蟲は狭い通路に誘い込んで倒せた。そんな感じのコツかな」
一番最初に迷宮へ共に潜った時の事を挙げる。確かにあれは手負とはいえ、相当な大物狩りだった。
執事の言葉が脳裏を過ぎる。
「動きを止めるって、やっぱり重要なんだ」
リシアの言葉にアキラは大きく頷く。
「落とし穴掘るとか」
「それは他の冒険者にも周知しないといけないし、下準備が多すぎるから」
「じゃあ、他の罠は」
「小型の箱罠とかはともかく、大掛かりなのは役所に届け出ないといけないの。それに、高いし」
バネ式の仕掛けや毒罠は当然、迷宮の内外で使われている。だがこれらの罠を仕掛けたきり放置する不届き者もいるのだ。下手をすれば冒険者自身に被害が及ぶ事もある。そのため、規模の大きいものや特殊な罠は事前に申請しないと設置出来ないよう取り決められている。
「捕れすぎるっていう問題もあるみたい」
「そっか……そういえば迷宮にも猟期とかってあるの?」
「そこまでは決まってないのがまた面倒で」
「だからこそ各々が配慮するんだ」
「そういうこと、だと思う」
暗黙の了解というものが、冒険者の間には多々あると聞く。そんな取り決めの数々が迷宮内での無用な争いを防いでいるのだろう。
でもそれならキノコも多少見えるところに残してほしかったな。
キノコ狩りでの出来事を思い出し、つい口を尖らせる。
「依頼探しかな」
不意に、涼やかな声がかけられた。慌てて唇を引き結ぶ。同時にアキラも冷ややかに視線を声の主へと送った。
「こんにちは」
簡易な挨拶に、第六班班長は笑顔で答える。
「こんにちは。相変わらず仲が良いね」
微笑むシラーの背後から、何人か第六班の生徒が現れる。押されるようにリシアとアキラは掲示板から離れた。
「班内会議とかですか?」
「まあ、それも兼ねて食堂に行こうとしてね。その前にちょっと依頼を見にきたんだ」
シラーの目がアキラを捉える。あるいは、最初からアキラしか視界に入っていなかったのかもしれない。
「何か目ぼしいものはあったかな」
「……」
「ちょっとアキラ。その、駆除依頼に手を出そうかなと思って」
明らかに雰囲気が騒ついた女生徒に代わり、リシアは答える。シラーは関心を持ったようにリシアに目を向けた。
「駆除か。確かに、君達ならそういうのにも手を出す頃合いだね」
「先輩は経験ありますか」
「何度かね」
頷くシラーに言い添えるように、傍らを陣取っていた二年の女生徒が口を開く。
「ネズミは勿論、クズリにヒドラ。ウワバミも討伐したことがあるの」
「ウワバミ!」
リシアは目を丸くする。まだお目にかかったことのない、迷宮の上位捕食者だ。巨大なものは小通路一本分の長さにもなると聞く。
流石、とばかりにため息をついた。
「それも班長と副班長だけで倒したようなものですし」
「みんなの協力あってこそだ」
そう告げて微笑むだけで、班員達が沸き立つのがよくわかる。これも流石と言う他ない。
何気ない感謝の言葉が、シラーの元に集う人々の心をより強く捉えるのだろう。
「ただ、君達が相手取った大物には見劣りするかもね」
続く言葉にぎょっとする。今ここで遺物について話してもいいものか。どうにか取り繕おうとして、アキラに先を越される。
「ケラのことですか」
シラーを含め、第六班の面子は怪訝な顔をした。
「ケラ?」
「コオロギの別名でしょ」
「それとウワバミは比べ物にはならないんじゃないかな」
忍び笑いを交わす女生徒達をシラーは一瞥する。即座に笑い声は消え、萎縮したように何人かが目を逸らした。
再び笑顔を浮かべ、シラーは話しかけてくる。
「そういえば、以前の高額取引でそんな物を見た気がするよ」
「そ、そうなんです。結構いい値段で売れたんだよね。あの、なんだっけ」
「筋繊維」
「そうそれ!」
「ケラの筋繊維ね」
貴公子は口元を片手で覆い隠す。露わになっている目元だけが弧を描いた。
「同じ蟲でも扱いが違うんだ」
何かが膨れ上がったような、そんな気配がした。気配の大元は一歩踏み出し、声を荒げる。
「今、なんて」
怒りを滲ませた声を聞いて、反射的にジャージの袖を掴む。見上げたアキラはいつもと同じ無表情で、目だけが燃えるような感情を湛えていた。
向かい合うシラーもまた、何かを測るように蒼眼を暗く濁らせる。
一触即発。
どちらかが口を開くと、きっと誰も収められなくなる。
そう直感して、リシアは頭を下げた。
「失礼します!」
アキラの手を引くと、呆気なく駆け出すことが出来た。同輩がどんな表情をしているのかをうかがう余裕もなく、第六班一行の横をすり抜ける。
「ねえ」
すれ違いざま、小声の会話が耳に入った。
「シラー様、あの子と話すときは何か、違うよね」
その言葉が何処かに残ったまま渡り廊下へと向かう。
そんなこと、リシアもよくわかっている。ただ理由を深く考えるのは野暮なことだ。
本当に、ただそれだけだ。




