活動費
普通科棟に向かうのも、ここ最近は慣れてきた。意外にも周囲は迷宮科の生徒が歩いていても気にはしない。人の往来の多い昼休みは尚更だ。咎められることなど当然無く、リシアはアキラの居る教室を覗き込む。
窓際の席で、複数人の女生徒にアキラが取り囲まれていた。相談事でもしているのだろうか、険悪な雰囲気ではないが声をかけるのも憚られる。迷っていると、入り口近くの席にかけていた女生徒が声をかけてくれた。
「どうしましたか」
「あ、その、アキラさんに用があって」
女生徒は頷いて、窓辺に向かって声を張る。
「アキラ、お客様」
アキラと共に周りの女生徒も振り返る。ぎょっとするリシアにアキラが一つだけ問う。
「中庭?」
流石に話が早い。頷くとアキラは女生徒達に何事か話して席を立った。
「行こう」
「うん」
先に廊下を行くアキラを追う前に、女生徒に礼を告げる。
「ありがとうございます」
女生徒は微笑んで手をひらりと振る。なんでもない、とでも言うようなそぶりだった。
「存じ上げていましたから」
去り際の言葉に少し縮み上がる。
もしや、結構有名な話になっているのだろうか。赤面しながら中庭へ向かう。
既にアキラは中庭にたどり着いていて、掲示板を眺めていた。苑内の依頼あたりに興味があるのだろうか。いつも通りの無表情だが、眼差しはどこか図るようだ。
少し小走りで中庭に足を踏み入れる。即座に夜色の瞳が、掲示板からリシアに視線を動かした。
「話、何かな。依頼?」
「えーっと、依頼のこととかも話したいけどまずその前に」
長椅子をそれとなく示す。掲示板前から二人は離れ、木陰の長椅子に腰掛けた。
「これ、昨日届いてたの」
碩学院の封筒を懐から出す。アキラは僅かな瞬間目を丸くして、問いかけた。
「伯母から?」
「そう。あの炉を碩学院で買い上げてくれて、その報告と小切手。それでね」
声を潜め、アキラを手招く。少し頭を近づけてくれた少女に耳打ちをする。
「そんなに」
あまり驚いているようには見えない特性が、今はありがたかった。
「今は」
「流石に小切手は家に置いてきた。怖くて持ち運べない……」
「そうだよね」
「取り敢えず、この手紙と先に一筆書いてくれたものを講師に提出しようと思ってる」
この報告も正直なところ気が重い。微に入り細に入り状況を尋ねられる様が目に浮かぶようだ。今となっては後ろめたいこともないはずなのに。
「それから、このお金なんだけど」
そして、本題に入る。
「……二つ、提案がある。一つは現金にして分ける。炉を手に入れられたのはアキラのおかげでもあるから」
「リシアのお金だよ」
案の定、そんな事を言う。すかさず背筋を伸ばして真っ直ぐに夜色の瞳を見つめた。
「もう一つは、私達の活動費にする」
シノブに炉を渡した時から考えていたことだ。これだけの金があれば日々の弁当代やアキラの装備を整えることも、もしもの場合の治療費に当てることも出来る。
初期投資や不測の事態が起きたときに、アキラの負担を減らせるはずだ。
「……リシアの家族に相談はした?」
「うん。賛成していた」
勿論スフェーン卿にも話はした。
リシアの得た報酬なのだからリシアが有意義に使うべきだと、父は言ってくれた。
暫くアキラは考え込む。その沈黙も理解は出来た。
「こういうのも、班長の仕事なの」
胸を張る。
「やり繰りとかは割と得意だから、まかせて」
無表情なのはいつものことだが、今ばかりは少し不安になる。眼前でぴくりとも動かない顔に向かって短く付け足した。
「本当」
「疑ってはないよ」
そう答えて、アキラは頬を少し掻いた。
「いざという時は、リシアも使うんだよね」
「勿論」
「……わかった」
赤い運動着の少女は頷く。納得してもらえたのだろうか。安堵のためかリシアの口元が緩む。
「良かった。この事だけは今話したくて……伯母様にも改めて御礼をしたいな」
「帰ってくるって連絡があったら教えるよ」
「ありがとう」
それから、他に伝えたかった事を思い返す。
「あと、もう一つ」
「うん」
「次の依頼の前に、防具を揃えた方がいいと思って。家に私が装備出来なくて使ってないものがいくつかあるんだ。お下がりで申し訳ないけど、試してみる?」
即座にアキラは首を縦に振る。
「みる。ありがとう」
「わかった。それでね」
何故だか照れ臭い。そんな気持ちを覆い隠すように、リシアは一息で尋ねた。
「家に来る?」
「リシアの家?」
「ええ。防具の試着と、剣の練習も出来るし、依頼の話もしたいし。あと動物相手の対策を考えたりとかも」
いくつか並べ立てる。いずれも重要な用件だ。
断じて、父や執事に改めて友人を紹介したいだけではない。
妙な気迫に押されたのか、アキラは数拍沈黙する。
「いつお邪魔してもいい?」
「今日でも明日でも」
「じゃあ、明日お邪魔します。今度はお土産用意して持っていく」
夜色の少女は微笑んだ。
アキラが家に来るのは初めてではない。しかし前回以上に、もてなさなければ。
用件も何処へやら、リシアはそんな事を考えた。




